第5話 条件はぴったり

「初めまして~」

「は、初めまして!」

「今日はよろしくお願いしますね~」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「では、後はお二人で。何かあったら声を掛けてくださいね」


 お互いを簡単に紹介した後、西原さんはにっこり笑ってカウンセリング室を出ていった。ドラマでよく見るお見合いの時に「後は若い二人で」などと言って、部屋を出ていく世話焼きおばさんを思わせる。

 西原が出ていった後の部屋では、紗奈子とお見合い相手が机を挟んで向かい合っていた。外で会うのではなく、何かあったらすぐに来てくれる距離にカウンセラーがいるというのも、この相談所ならではの安心要素だ。

 普通のお見合いと違ってあまり人に聞かれたくないような話をすることもあるので、普通の喫茶店や、ホテルのラウンジなどの場所ではなく、こういう場所を使わせてくれるのがありがたい。

 紗奈子はついつい凝視してしまいそうになるのを堪えていた。あまりにじろじろ見たら失礼だ。


「今日は本当にありがとうね。アタシとお見合いしてくれて」

「いえ、こちらこそ。なんの取り柄もない私なんかと」

「そんなことないわよ。しっかりしてそうだし、可愛らしいし。しかも、ここって普通の結婚相談所じゃないでしょ? こんなところにいること自体が個性だと思うわ」


 個性の塊みたいな人物に言われても、いまいち腑に落ちない。そもそも、そんな言葉が出てしまったのは、その個性と比べてしまっているからだ。

 話し方もわかりやすくオネエ系だ。目の前にいるのに、テレビの向こうのタレントでも見ているかのような気分になる。それくらい、紗奈子がいつも接しているような人達とは違っていた。


「写真で見るよりお綺麗ですね」

「あらっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「いえ、お世辞ではないです。とても素敵です」


 これは本当だ。さっき初めて会ったとき、思わずため息が出てしまった。すらりと高い背。パンツスタイルだが性別不詳な独特のファッション。けれど、そこに不快感は無い。むしろ清潔感には好感が持てる。メイクもナチュラルで違和感が無い。パッと見ただけでは男性なのか女性なのかわからない。声もハスキーボイスな女性だと言われれば、そう思ってしまうかもしれない。中性的な魅力、とでも言えばいいのだろうか。もちろん、言われれば男性だとはわかってしまう。けれど、だからなんだというのだ。有無を言わさない雰囲気が、彼(彼女?)からは滲み出ていた。


「よかったらアタシのことはシノって呼んでくれると嬉しいわ」

「じゃあ、シノさん、でいいですかね」

「ええ」


 にっこりと屈託無く、シノが微笑む。

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 それが目の前にいるお見合い相手の本名だ。画数も多くて、どこからどう見ても男性の名前にしか見えない。明らかに『シノ』の方が彼女には似合っていた。しっくりきた。だからだろうか、すぐに呼ぶことが出来た。逆に本名で呼ぶことはなんだか躊躇われた。合っていないと言うのは失礼かもしれないが、彼女自身が呼ばれたがっている気がしなかったからだ。


「ええと、アナタのことは……そうね。本田ちゃん、でいいかしら?」

「それでお願いします」


 オネエ言葉には少々面食らっていたが、急に下の名前で呼ばなかったことには気を遣ってくれている感じがした。美容師という職業のせいだろうか。人とは話すのに慣れていそうだ。そういえば、と思う。テレビに出演しているような美容師の中にはオネエ系の人もいた。実はこれは接客用の姿だったりするのだろうか。だとしたら、お見合いの席にまでこの格好では来ないような気もするが。そんな細かいことまではプロフィールには書かれていなかった。

 さっきからシノの方は初対面なのに敬語ではないのだが、それでも嫌な感じがしないのが不思議だ。オネエマジック、みたいなものだろうかと紗奈子は思う。逆に親しみが持てる気がするのが不思議だ。


「じゃあ、時間も短いことだし、さくさく話しましょうか」

「ですね」


 このカウンセリングルームで話せる時間は三十分と決まっている。その後は西原に相談して断ってもらったり、もう一度会うことにしたり。そういう仲介をしてくれるのは面倒が無くてありがたい。もちろん、本当にその人でいいのかと悩んだときにも相談に乗ってくれる。

 三十分というのは短そうでいて、合わない人間といるのはなかなかに長い時間だ。相性がいいのか見極めるにはちょうどいい時間だったりする。最低限のことを話すのにも程よい。


「正直に言うわね。本田ちゃんの条件って、アタシとぴったりなのよ。後は、性格が合うかってことなのよね」

「確かに、そうですね」


 そう。プロフィールだけなら、紗奈子から見てもあまりに好条件だったのだ。西原がわざわざ紹介しようと思っただけのことはある。


「あのね、実は今までなかなか私と会ってくれる人っていなかったの。だから、今日はすごく嬉しくて」

「そうなんですか?」

「え、そこで聞き返す?」

「だって、面白そうじゃないですか」

「……面白そう」

「あ、ごめんなさい。つい」


 シノがあまりに気さくに話してくるせいで、思わず本音が出てしまった。これは嫌がられたか。そう思ったのだが。


「あははははは」


 何故かシノは笑う。その笑い声は少し男性っぽかった。


「面白そうって、それ、わかりやすくていいわあ」

「ですかね」

「せっかくこんなところに入会してるんだから、普通なら少しでもまともそうな人と会いたいって思うでしょ? そういうもんよ。実はね、あんまり申し込みが無いから西原さんと相談して、いい加減男の姿で写真を載せた方がいいんじゃないかって話してたの。そこに会ってくれる人がいるって連絡があったからびっくりしちゃった」

「あー、不純な動機の女で申し訳なかったです」

「いいのよ。アタシだって、契約で結婚なんてしようと思ってるわけだし。最初は誰でもいいかとも思ってたんだけどね。せっかくならって西原さんに言われて、少しでも私のことをわかってくれる人がいいんじゃないかって思ったわけ」

「それ、私も言われました。妥協はしちゃ駄目だって」

「でも、そうよね。契約結婚って契約なんだから信用できる人とした方がいいに決まってるもの」

「私もそう思います。契約書を交わすと言っても、やっぱり信頼できる人の方がいいですもんね」


 うんうん、と二人で頷き合う。

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