第14話

 翌日、僕はスーパーで油揚げを買って稲荷に持っていった。


 神主とかはいないので、誰かにことわる必要はない。僕は社の階段にお供えして、パンパンと柏手を打った。


 これからどうすればいいんだろう?


 普段お供えなどしたことがないので、勝手がよくわからなかった。このまま放っておくと動物が、それこそ猫などが油揚げを持っていってしまいそうな気がする。


 一応心の中でお礼も言ったしな、と思いながらしばらく待っていたが反応は特になかった。


「何をにゃさっておいでで?」


 いつのまにかハルが足元に来ていた。物珍しそうに僕を見上げている。


「ああ、いやあのね……」


 僕が人目を気にしながら手短に経緯を説明すると、ハルは〝ほほう〟と唸り一気に賽銭箱の上に飛び乗った。


「願解き……それは確かにやっておくと良いかもしれませんにゃ。効果はいかほどですか?」

「うーーーん。っていうか、今ハルと話せてる時点で効力ないよね」 


 僕が応じるとニャッハハハ、とハルは目を細くして笑った。


「いやはや。これは一本取られましたにゃ」


 こっちは笑い事ではない。


「しかし、にゃかにゃか興味深い。その古本屋の店主、各務とかいう者の申す事、一考の余地ありと思いみゃす」


「え、えーっと、どの部分?」


「夏雄どのが何かご神勅しんちょくを仰せつかっている、という部分ですにゃ」


 稲荷は僕に何かをさせたいのでは? というところらしい。


「何か心当たりがあるの?」

「無きにしも非ずと申しますかにゃあ……」


 猫なのに、何だか思わせぶりな態度である。


「場所を移しみゃせんか?」


 気を使ってくれているらしい。〝猫なのに〟とか思って悪かったな、と心の中で謝った。


 ハルは〝神供じんくの油揚げは帰りに持って行ったほうがようございみゃしょう〟と、注意し、小走りで僕を導いた。


「ええー、さて」


 陣池稲荷の境内は意外に広い。ご神域と呼ばれている森の真ん中に小道が通っていて、そこを抜けると集会所の建物がある。


 なんでこんな難しいところにあるのははよくわからないが、昔は〝講〟という何か秘密の集まりがあって、ここでやっていたらしい。


 僕とハルは集会所の裏の、さらに人目につかない場所に移動した。

 

 ハルは口を開きながらも周囲への警戒を怠らない。なかなかの用心深さだった。


「少し言いにくいのですが……お父上のことはご存じですかにゃ?」

「え? なんて?」


 いきなり話が飛んだ気がする。


「やはりご存じありみゃせんでしたか……」


 ハルは、はぁっとため息をついた。ように見える。

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