第7話

「ねえ、ハルも見つかったんだし、これって治るのかな?」


「治る?」


「また猫の言葉がわからないようになるか、ってこと」


 ハルは目を細めると、フムー、と鼻を鳴らす。


「しかし……大は小を兼ねると申しみゃすし……わかるものがわからなくにゃるのを〝治る〟と称すのはにゃんとも……」


「いや、そういう話はどうでもいいんだ」

「にゃにか不都合がおありで?」


 言われてみると、特に不都合はない気がした。昨日はちょっとパニックになってしまったが、今は別にそこまでこの状態に嫌悪感もない。


「ハルさん、そろそろ」


 小柄な猫が、物陰から呼びかけた。ハルは〝わかった〟と何か余裕のある素振りを見せる。


「夏雄どの、ではみゃた。まだ話さにゃければいけないこともあるようですが、今はこの辺で。私も少々忙しい身で……」


 色々言いながらハルは言ってしまった。猫には猫の都合があるのだろう。


 さて、一応これでカタはついたのだが、いつまでたっても猫の言葉は理解出来るままだった。


 こういうのは良く聞く話だと、思春期が過ぎたら無くなったりするものらしい。


 なのでそれを信じるならその日がくるまでボケーッとしていてもかまわないのだが、嫌悪感は薄れたとはいえなんとなく落ち着かなく、放っておく気にもなれなかった。 


 もちろん稲荷にも行ってみたが、神様からの応答はない。 お百度も踏んでみたのだが、無反応だった。


『うるさいからって話かけてきたはずなのに……』


 と、ぼやいてみても仕方がない。


 ハルに相談してみようか? でもハルの言葉をわからなくする相談をハルにするのもな……。それにいくら貫禄があるといっても猫だし……。


 と学校でウジウジ考えていたのだが、ふとこういうことを話せる人がいたことを思い出した。


 町の商店街の中にある、古本屋の店主である。小学生の頃はよく通っていたがいつしか行かなくなってしまっていた。

 

 まだ若く、気さくな人で物知りだった。親切だし(よっぽどあつかましくなければ)立ち読みも許してくれる人で僕は好きだったのだ。


 あの人ならこんな常識外れの相談にでものってくれる気がする。


 僕は早速学校帰りに町の方へ行ってみることにした。学校は商店街の近くにあるので寄るのは楽なのだが、自宅とは方向が違う。最近はあまり行かないので、少し気分が高揚した。


 表通りの商店街を抜け、裏の旧道に入る。この辺は昔の大通りで古い町並みが残っていた。


 この辺りも一応〝商店街〟と称されているのだが、今は名ばかりでだいたい民家が並んでいる。


 ただ、文化財指定区域か何かに定められていてシャッター街ではない。


 元商家のような建物もイベントスペースや休憩所のような場所になっていて風情は壊さないようになっている。


 そんななかに、たまに観光客用のおしゃれな飲食店が出来ていたりして結構侮れなかった。


 さて、肝心の古本屋なのだが。


 僕の記憶も結構怪しいのだが、いくら探しても見つからない。たしかこの一角にあったはずなのだが……。


「ああ、あれ。まだやってるよ」


 たまたま歩いてた老婆に訊くと、すぐにこう返ってきた。


 やった! あんまり見つからないので幼い頃の白昼夢か何かのような気もしてきていたのだ。


「ああいや。ここには無いよもう」


 だんだん不穏になってきた。


 あれはね、と妙に事情に詳しそうな老婆は嫌がりもせずに事情を話してくれた。

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