第6話

 なんとなく不吉なものを感じながら、学校に向かったのだが結果的にその気分のようなものは杞憂だった。


「帰ってきたってよ、ハル」


 学校から帰宅すると同時に、母さんが僕に言った。素っ気ない言い方だけど、顔はニコニコしている。


「えっ? ホントに?」


 頷く母さんを後目に、僕は玄関先にカバンを置いて外へ駆け出した。


 いきなり出てきても場所がわからない、とすぐに思ったが集落の中は存外に狭いし、すぐに見つかった。


 何より近所の猫が集まっていて、目印になっていたのだ。僕が近づくと散ってしまったが。


「おお、夏雄どの……探してくれていたというお話で。ご迷惑をおかけしましたにゃ」 


 一際高く鳴き声を上げ、尻尾を高く天に上げた猫がいる。一匹だけ石垣の上に残っていた猫である。鳴き声?


「息災でしたかにゃ?」

「ハル!」


 僕が声をかけると、瞳孔が大きくなる。瞼が大きく口元は余裕があり、多少ふてぶてしく見える。


 尻尾の先から胴体中ごろくらいまで、フサフサの草原のような茶色い毛。片目にも少しかかっている。それ以外の部分は……旅の垢なのか埃っぽく薄っすら黒ずんでいたが地は白であった。


 間違いなくハルだ。僕は胸を押さえ、心から安堵する。二度と会えないかと思っていたのだ。


「今ちょうど、聞いていたところですがにゃ」


 とん、っとハルは地面に降りた。


「我らと話せるようににゃったとか。重畳ちょうじょうです」


 眼を細め、嬉しそうに僕に向かって話しかけてくる。何だか僕よりだいぶ歳上のように思える。


「本当に帰って来たんだね。心配したよ、本当に」

「ご厄介に巻き込まれたようで……面目にゃいです」  


 ハルは頭を僕の足にこすりつけながら言った。


「あ、ノミにゃどはおりませぬゆえ、ご心配なく……」


「それはいいんだけど、えっと、もしかして僕が猫の言葉がわかるようになったことについて、何か知ってたりする?」


「稲荷のご神意の賜物だとかで……おめでとうごにゃいます」


「稲荷は稲荷なんだけどね。え? めでたいの?」


 これで、なんとなく僕の中でお百度参りのおかげでこうなった、というのは確定となった。


「僕は〝ハルが見つけられますように〟って願ったんだけどね」

「それはまた拡大解釈と申しますか意地が悪いと申しますか」


 にゃっははは、とハルは笑った。言葉がわかると笑っているように顔も見えるので不思議だ。

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