第3章 ─生き恥①─


──本当に、来やがった。うわぁ…… やだなぁ。




 店内には、常連の女性が二人。カウンター席、二三男の目の前で談笑をしている。 


 一人は、看護師の泉という女性。穏やかでしっかりした中年女性。この喫茶店には、恋人の悟志とよく訪れる。


 泉の横にいるのは美香。眼鏡をかけた明るい女性。三十歳前後か? 美香は結婚しており、元々は旦那がこの店の常連だった。そして、二人で来るようになり、美香と泉はここで知り合ったそうだ。


 いつものように、他愛もない話をしている。




 そして、あと三人…… あの三人……




 中年の男は、カウンターの隅に座り、珈琲を飲んでいる。二三男のこだわりの珈琲……


 若い女は、窓際のテーブル席で、小説を読んでいる。もう一人の男は、ノートパソコンで何やら作業をしている。




 ほぼ、同じタイミングで店に入って来た、一見ばらばらの三人。


 この三人が店内に来てから、二三男は緊張して落ち着かない。



 泉は、ホットコーヒーが注がれたカップに口をつけ、

「マスター、いつも美味しいです。幸せな気分になります」


「有り難う御座います。そう言って頂けて、こちらも幸せですよ。ハハハ」二三男は微笑む。


 カウンター席の、うなおが急に上を向く。二三男は横目で見ると、うなおは笑いをこらえている。うなおは壁を見たり、突っ伏して笑いをこらえていやがる。



──やってやがる!



 二三男は、恥ずかしさで一杯になるが、紳士を崩すわけにはいかない!


 負けるもんか!



「マスターは、紳士だなぁ。うちの旦那も見習ってほしいよ」美香が愚痴る。


「旦那さん、素敵じゃない。優しくて」泉。


「優しいのは、良いんだけど。結構、適当ですよ」美香は、そう言いながらもどこか、嬉しそうにしている。


「マスターは、家でもちゃんとしてるんでしょうね」また、美香が言う。


「どうでしょうか。普通ですよ。ハハハ」優しく笑う二三男。



 迂闊うかつにも、二三男は京ジと目が合ってしまった!


 京ジは鼻の穴を膨らませて、全力でおちょくった顔をしてくる!


 たまらず目をらすと、マー美と目が合う!


 マー美はどこから持ってきたのか、スケッチブックに、でかでかと、

浪漫ロマン行飛コーヒー??』と書いて二三男に見せてくる!



 やってくれてる! やりあげちゃってくれてるよ! あいつら……

 


 二三男は、顔面から火が吹き出しそうなほど、恥ずかしくなった。今すぐ飛び出して、店の入り口の、


『こだわり喫茶 浪漫珈琲』


と、書かれた看板を蹴飛ばしに行きたくなる。

 

 


 泉と美香が二三男を褒めるたび、玉男が紳士っぽく振る舞うたび……




 あの三人は…… ニヤニヤする……


 予告どおり、ニヤニヤしている……




 二三男は、泉と美香に対しても思う。


──もう喋らないで! もう帰って!




 想像を絶する恥ずかしさ……

 



──生き恥だーーーー!



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