第2章 ─訪問者③─


♪カランコロンカラン



 ドアベルが、また響く。店内の三人の視線が、ドアに集中する。


 そこにいたのは、中年の男。男は、この世の者とは思えない程、荘厳そうごんな気品を漂わせ、その風貌は、まるで神か天使を彷彿ほうふつさせ、まばゆいオーラに包まれていた。


 その超越したたたずまいは、見ようによっては悪魔にも見える。



 マスターは、男の静かな覇気に圧倒され、言葉を発する事が出来ずに、男の動向を伺っていた。




 しばらく続いた沈黙を、男が破る。

 

「こんにちわ」男は挨拶をした。


「こんにちわ」マー美が元気よくかえす。



 マスターは一瞬、イラッとしたが、

「あの、もう営業終わってま……」言おうとすると、


「パーカーは無いのかな? あまりぶ厚くなくて、出来ればグレーか、くすんだブルーが良いのだけれど」


 男の名は、『うなお』。




 マスターは頭を抱える。悪い夢を見ているようだ。たたんでも、たたんでも片付かない洗濯物。

 学校に遅刻しそうなのに、用意できてない時間割や体操服を探している。

 職場で山積みの仕事に囲まれ、何から手を付けていいか分からない。

 そんな嫌な夢を見ているようで、その場に、寝転んでしまいたくなる。




「ちょっと。ここ喫茶店ですよ。パーカーて。」カウンターに肘を付いた京ジが、鼻で笑いながら生意気に言う。凄く生意気だ。


「うるさいよ! 嫌だなぁ、生意気だなぁ。帰れよ!」また、京ジをメニューで叩く振りをする。



 そのやり取りを、嬉しそうにマー美が見て、笑っている。


「お嬢さんも帰ってくれる。 コントでもライブでもないから。ね、コーヒーも出さないから!」注意するが、マー美は、


「あの人も、コントのメンバーなのかなぁ?」うなおを見る。


 マー美と目が合うと、うなおは、


「こんにちわ」


「こんにちわ」マー美。




──やばいぞ、こいつら話が通じない。



 マスターは、悪夢から脱け出せない絶望感を覚えていた。



「パーカーは、無いのかな……」うなお


「スパイスカレー、テイクアウトなら……」京ジ


マー美は、キラキラした目で三人の男達を見ている。

 



「もーーーー! ねーーって! もーー!」マスターは、ついに壊れた!


「出て行けよ! お前ら! むぅーーーーう!」もう止まらない。


「さっさと帰って、寝たいんだよ! イライラさせないでよ! こっちは紳士でやってんだよ! 落ち着いた初老の紳士で! 整えられた白髮の! 紳士っぽく! ずっと!」



「…………」京ジ、マー美、うなお。

 


「コーヒーも詳しくないのに、マシーンだけ揃えて、それっぽくやってるんだよ! ほそぼそと! 道楽で! ふぅー! ふぅーー!」


 マスターは興奮し、我を忘れて怒鳴ってしまった。






「……やっと。やっと心を開いてくれましたね」うなおが言う。


「それで、いいんです。マスター。自分に素直になっていいんですよ」京ジ。


 拍手しながら、うなずくマー美。三人は拍手しながら、ゆっくりマスターに歩み寄る。





 マスターは、我にかえる。



──怖い………… 怖い怖い怖い!!



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