第2章 ─訪問者①─


 話は、さかのぼる。



 数週間前の、あの日に……



 マスターは、満足気に店内を見回していた。


 テーブル席で、常連の夫婦がスマートフォンを覗き合って、楽しそうにしている。


 カウンターの、こちらも常連の男女は、若いママと一緒に来ていた赤ちゃんに、微笑みかけている。



 穏やかな午後の時間。


 珈琲の香りに包まれた店内に、幸せな時が流れていた。



 しだいに客が、一組、また一組と喫茶店を後にする。




 客がいなくなった喫茶店。マスターは、店を閉めるため片付けを始めていた。


 脱サラして、この喫茶店を始めて、もう十数年経っていた。マスターは、今年で五十九歳になる。これまでの人生はあっという間に過ぎていった。いい事も、悪い事も。



 ふと、店内の窓越しに、空を見上げた。


──なるほど。


 空には飛行機雲が見える。時間が経ち、青空に溶けかけてはいるが、太くぼやけた二本の飛行機雲が、美しく白く光っている。


 さっきまでいた夫婦が、空にスマートフォンをかざしながら、飛行機雲が、どうとか言う会話が聞こえていた。


 赤ちゃんに愛想を振りまいて、ピースサインをしていた男女も、店を出るとき、空を見上げていたようだ。

 



 マスターは、この二組の男女の人生が、不器用に絡みあっていた事など知るよしも無かった。実際、そんなもんだろう。他人の人生なんて、分かるはずもない。


 店や電車、道端で、隣や目の前に居合わせた他人が、もしかしたら殺人犯かもしれない。周りにいる他人が何者かなんて、いちいち気にしていられない。


 自分だって……


 歳のせいか、今日は特に疲れたなと思った。早く片付けて、今日はゆっくり休もうと思いながら、今後は営業時間を短縮しようかなどと考えていた。


 憧れていて、夢が叶い実現した喫茶店。半分、趣味みたいなものだから、身体に無理する必要もない。

 



♪カランコロンカラン


 その時、静かな店内にレトロなドアベルが鳴る。

 


──…………


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