File03-03

「……ビィ、どうしたの?」

 ビィの魔術波動のパターンを調べていたセイレンは、手元のモニターを見ながらビィに尋ねた。ビィの表情に一切変化は見られないが、波動にわずかな乱れが見られた。

 ドールにとっての魔術波動は、人間にとっての呼吸や脈拍と同じようなもの。それに乱れが生じるということは何らかの異常が考えられる。

「マスターに、異常事態が発生しました」

「リュウに?」

「はい」

 そう言って、ビィは横たわっていた状態から起き上がり、天井を見る。

「異常事態……感知できたのは、契約の影響ね。リュウは魔術展開しているの?」

「していません」

 ビィの答えに、セイレンは驚いたように目を開いた。

 普通、魔術士・魔導士と契約したバディが異常に気付くのは魔術波動を感知することによる。つまり、魔術を展開していない状態では、気付くことはできないはずである。

「展開してないのに? じゃあ、何故異常事態が発生していると思ったの?」

「私が感知できたからです」

 答えになっていない答え。そんな答えがビィから――ドールから返ってくるとは思っていなかったセイレンは「は?」と声を上げた。それでもビィは、天井を見上げていた。


 映画館の観客たちは全員黙っていたが、緊張した面持ちでいた。不安げに視線だけを動かしたり、拳をぎゅっと握ったり、神に祈るように目を閉じている者もいる。その中で、リュウとルミナだけが、じっと『アンダーナイフ』の様子を睨むように見ていた。携帯電話で外部と連絡を取るリーダー格と、青いバンダナの男を筆頭に銃口を観客に向けている残りの面々。

「リュウ、どうするの?」

 リュウの胸にしがみついたままの状態で、ルミナは小声で尋ねる。

「……どうする、と言われてもな」

 自分たちにできることなど無い。ここで行動を起こしたら、被害を受けるのは自分たちよりも他の観客たち。そう考えると、何もしないことが得策かとリュウが思っていたそのときだった。

――マスター

 突然聞こえてきた声に、リュウははっと目を見開いた。その表情の変化を、ルミナは見逃さなかった。

「リュウ、どうしたの?」

「……いや。そろそろ気付かれるかもな。ちょっと黙ってろ」

 そう言うと、リュウはルミナの肩を掴んで、自分の胸板にぎゅっとルミナの顔を押し当てた。瞬間、ルミナの顔が真っ赤になったが、リュウはそんなことを全く気にせずに、ゆっくりと目を閉じた。そして、念じるようにその声の主を呼ぶ。

――ビィ

――マスター、異常事態が発生したのですか

 リュウの頭の中に響いたのは、ビィの声。心配しているような声かけだったが、心配しているというような声色の変化は無い。それを聞いて、何故かリュウは安心していた。

――異常事態のど真ん中にいる。場所はわかるだろ。セイレンさんでもデュオでも誰でもいい、すぐに連絡しろ

――報告時に具体的な説明が必要となります。状況の具体的説明を

 その一言で、リュウはビィと連絡が取れたことに安心を覚えたことを少しだけ後悔した。眉間に皺を寄せながら、ビィに説明する。

――状況は、武装犯罪集団『アンダーナイフ』がシネマシティ・セントラルの三番スクリーンを占拠した。奴らは銃を持っている。発砲は今の時点で一回。またいつでも撃てる状態だ

――マスターは危険な状態のもとにいる、と判断できますか

――ああ、そういうことだ。だから……

――了解しました

 ビィの声がそう告げると、リュウは頭の中がすっと軽くなったように感じた。これでいい、とリュウが安心して小さく息を吐き出した。

「……あの、リュウ」

 そのとき、自分の下方から声が聞こえた。リュウがちらり、と視線を下に向けると桃色の頭が見える。

「苦しいん、ですけど……」

 言葉どおり、苦しそうな声でルミナが言う。その声を聞いて、先ほどからずっとルミナの顔を自分の胸に押し付けたままだったことを思い出した。

「あ」

 肩を掴んでいた手を放すと、ルミナは大きく息を出した。その顔は、先ほどまでとは別の意味で真っ赤に染まっていた。

「悪い。つい」

「つい、で人の呼吸を止めないでもらえるかしら……?」

 今すぐ怒鳴りたい気持ちをぐっと堪えながら、ルミナは小声で言う。もちろん、その声は怒りで震えて不気味な声だった。リュウが苦笑いを浮かべて、それからルミナの耳元に口を近づけて囁いた。

「外部と連絡が取れた」

「え」

「ビィに救援要請を頼んだ。管理局が来るのは無理だろうが、警察も早いうちに対応できるはずだ」

「最初からそうすれば……」

 言いかけたルミナだったが、よく考えれば自分もバディのトランにリュウと同じような方法で連絡を取ることができたことを思い出した。何故今まで気付かなかった……と情けないような気持ちでルミナは肩を落とした。

 そのときだった。

「ママ……怖いよぉ!」

 子どもの泣き叫ぶ声が館内に響く。その場にいた者全員がびくり、と反応した直後、子どもは大きな声で泣き始めた。

「おい!! さっさと黙らせろ!」

 リーダー格の男が、苛々したように怒鳴る。そばにいた青いバンダナの男が銃口を子どもの声がする方に向けた。

「大丈夫、ママがいるから、ね?」

「ママぁ、ママぁ!!」

 母親が子どもを落ちつかせようと抱きしめるが、不安と緊張で子どもは泣き止むことができない。リーダー格の男は右足のつま先で床を叩いて音を鳴らし様子を見ていたが、一向に泣き止まない子どもに苛立ちを募らせたのか、青いバンダナの男の銃を奪い取った。

「うるせぇガキだな!! 黙らせてやる!!」

「やめて!!」

 叫んだ母親は子どもを抱き寄せて男に背を向け、子どもを守ろうとした。それを見たリーダー格の男はにやりと笑った。

「じゃあ、まとめて殺してやる!!」

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