File03-02

「はいはい。あ、リュウ?」

 検査室にいたビィの耳に、そんな声が届いた。マスターの名前が出てきたことに反応して、声のほうを向く。

[セイレンさん、検査の方はどうでしたか?]

「ビィの状態には問題ないわ。魔力も安定してるし、波長の乱れもなし」

[そうですか。ありがとうございます]

「いいえー。こちらこそ、一日ビィを借りれて研究のしがいがあるわ」

 にこにこと満面の笑みを浮かべてリュウと電話をしているのは、魔導管理局保健管理部のセイレン・コハク。見た目は三十代前半だが、実年齢は百歳を超えている。彼女は魔術士・魔導士ではなく、魔法使いなのである。

「なかなかいい研究対象よね。魔導士と契約したドール、なんて。いろいろ調べたくなっちゃうわ」

[あんまりいじくらないでくださいよ。俺のバディなんですから]

「はいはい、わかりました。じゃ、デート楽しんでおいで」

 そう言って、セイレンは電話を切る。電話の向こうでうろたえるような声が聞こえたような気がしたが、セイレンは気にしなかった。それから、ビィの方に近寄る。

「あら。電話の相手、あなたのマスターよ」

「そうですか」

「しかしあなたのマスターもひどい男よねえ」

 にやにやと笑いながらセイレンが言うが、その言葉の意味がわからないビィは首を傾げてセイレンを見つめている。

「何故、マスターにそのような評価をされるのでしょうか」

「いい反応ねえ。何も知らないビィに、特別にセイレンお姉さんが教えてあげるわ」

 セイレンはビィの額を指でつん、と押して言葉を続ける。

「あなたを置いて、あいつは別の女とデートに行ってるのよ? あなたは今、一人で検査を受けているって言うのに」

「現在私は一人ではなく、貴方と共に行動しています」

 きっぱりと言うビィに、がくりと肩を落とすセイレン。最初にビィを任されたときに「冗談は本当に通じない」とリュウから聞いていたが、まさかここまでとは、と苦笑いを浮かべる。


「ったく、何言ってんだか……」

 電話の向こうにからかわれたリュウは、大きく肩を落としてため息を吐き出した。冷静に考えると、確かに状況はデートと同じである。しかし、デートと言うには何かが違うような気がしていた。何が違うのだろうか、とぼんやりと考えていたとき。

「リュウ、電話終わった?」

 リュウの方に向かって、荷物を抱えているルミナがやってきた。それを見て、やっぱりそうだよな、とリュウな何かに納得した。

「ああ、ちょうど終わった。悪いな、荷物持たせて」

「そろそろ行かないと映画遅れちゃうわよ。はい、荷物!」

 ルミナは強気に言いながら、荷物をリュウに向かって差し出す。「はいはい」と気だるげに返事をしながらリュウは荷物を受け取った。


 映画の開始時刻は午後二時四十分。その五分前に、リュウとルミナは映画館にたどり着いた。

「ふー、ギリギリで到着ね」

「ったく、お前があれ食べたいこれ食べたいで注文悩むからだろ」

「とは言うけど、リュウだってパンフとかグッズとか見てたくせにー。そんなの、終わったあとに買えばいいじゃない」

 お互いに文句を言い合いながら、リュウとルミナは指定席に座る。映画が見やすい、真ん中の段、中央の席。ほぼ満員でもその良い席に座れたのは、ルミナの前売りチケットのおかげだった。

 隣同士で座るリュウに、ルミナは内心緊張していた。勢いで抱きついたことはあるものの、そうでない状態で一緒に隣同士で座ることなんてなかったから、改めて意識すると一気に心拍数が上がった。

「さて、そろそろ始まるな」

 腕時計を見ながら言うリュウは、どこか楽しそうだった。そんなリュウの横顔を、ルミナはじっと見つめる。

 ブー、と映画開始のサイレンが鳴る。照明が落とされ、館内は暗くなった。スクリーンに、ライトが当てられ、映画館での注意事項の動画や、他の映画の予告編が始まる――はずだった。

「……ん?」

 照明が落とされてから、数十秒。本来ならすぐスクリーンにライトが当てられるはずだが、リュウたちの目の前は真っ暗なまま。何かあったのか、と観客たちがざわつき始めたとき、館内の照明が灯された。

「全員静かにしろ!!」

 スクリーンの前に立っているのは、五人の男たち。服装は明らかに映画を観に来たというようなものではなく、まるで戦場に赴く兵士のように武装されている。それぞれの右手には、銀色のナイフが握られている。それを見て、リュウは「まさか……」と小さく呟いた。

「この映画館は、我々、『アンダーナイフ』が占拠した! 死にたくなければ、抵抗せず、我々に従え!!」

 中央に立つ、リーダー格と思われる男がナイフを掲げて大声で叫ぶ。

「ど、どういうこと……?!」

「映画館を占拠って、一体……」

 男の宣言で、再び館内はざわつく。動揺し辺りを見渡したり、見ず知らずの隣同士で不安げに声を掛け合ったり、携帯電話を取り出そうとしたり、と観客たちがそれぞれの動きをし始めたときだった。

 パンッ、と発砲音が響く。その音に、観客の女性たちが「きゃあ!」と悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがんだ。男たちは、驚きの表情を浮かべてスクリーンを見つめた。リーダー格の男が、いつの間にか右手に拳銃を握って、天井に向けていた。

「静かにしろ、動くな。いいか、今から外部に連絡を取ろうと思った者は、撃つ」

 がちゃ、という音を立てながら男たちは銃を客席に向けた。観客たちは顔を真っ青にさせて沈黙した。

 が、沈黙していない観客もいた。

「リュウ、あれ、なんなのよ?」

 ルミナが、しゃがみながら小声でリュウに尋ねる。リュウは前のスクリーンを一度見たあと、下を向いてルミナ同様に小声で答えた。

「ちゃんとニュースぐらい見とけ。武装犯罪集団『アンダーナイフ』、名前通りの集まりだ」

「わかりやすいぐらい悪い奴らってわけね。あたしらで一発締めちゃう?」

「いや、『アンダーナイフ』の中には魔法使いも、登録外魔術士、魔導士もいない。一般人に魔術で何かしたら……わかってるだろ」

 リュウに言われ、ルミナはうっと言葉に詰まる。

 魔術管理局に登録している魔術士・魔導士、魔法使いは一般人に魔術を行使してはならないという規定がある。例外は、登録外魔術士・魔導士、魔法使いの魔術行使による防衛、犯罪行為の取り締まりなどがあるが、そうではない一般人の犯罪に魔導士が関わることはできない。つまり、現在リュウもルミナも何も出来ない状態なのだ。

「おい、真ん中! 何してやがる!!」

 そのとき、リュウとルミナの方にリーダー格の隣にいた、青いバンダナを頭に巻いた男が声を荒げた。それを聞き、リーダー格は銃口を二人の方に向ける。

「きゃー!! 銃向けてきたぁー! 超怖いんですけどぉー!!」

 直後、ルミナが場に不釣合いな明るい叫び声を上げ、そのままリュウに抱きついた。突然のことに驚いたような顔をしたリュウだったが、すぐに状況を把握してルミナをぎゅっと抱き返す。そして、リュウはステージの方を向いて怒鳴る。

「おい、何すんだよ!」

 リュウもまた、いつもの口調よりも軽く言う。これで二人は『状況が飲み込めていない若者』と言う印象を周囲に与えることができた。

「さっきからこそこそと何を喋っていた!」

「うっせーな! 俺の妹がビビってるのわかるだろ?! ぎゃあぎゃあ怒鳴るな!」

「いっ?!」

 予想外のリュウの言葉に、ルミナは「妹?!」と反論しそうになった。普通、そこは『恋人』とか『彼女』とか言うもんじゃないの?! と思いつつも、その叫びをリュウの胸に顔を埋めることでぐっと堪えた。

「お前こそ叫ぶな! いいか、全員黙って動くな。コイツを使わないといけなくなるぜ?」

 にやり、と不気味な笑みを浮かべるリーダー格。それに呼応するように、他のメンバーたちもにやにやと笑った。その笑みを見て、リュウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

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