File02-04

「お前、いつもあんな授業してるのか?」

 授業終了後、教室を出たリュウは呆れたような表情でミリーネに尋ねる。尋ねられたほうのミリーネは「へ?」と何を言われたのかわからない、と言うような高い声を上げた。

「あんな、って何よ」

「いや、何ていうか、……本当にお前、座学嫌いだったんだなって思って」

「そりゃあね。リュウみたいな変人じゃなきゃ、あんな座学聞いてられないわよ」

 ふん、と大きく鼻から息を吐き出し、ミリーネは胸を張った。

「誰が変人だ、誰が」

「変人よ。無理ばっかりするし、在り得ない事ばっかりするし。ねえ、ビィ?」

「……」

 ミリーネがリュウの隣を歩くビィに話を振ると、ビィはしばらく思考するようにぱちぱちと瞬きをしていた。

「マスターが変人であるかどうかは私には判断できませんが、一般的に不可能と言われていることを実現している人物を変人と定義付けるのであれば、マスターを変人であると断定することは可能です」

「……おい、ビィ? それはつまり、俺を変人だと言いたいのか?」

「私には判断できません」

 遠まわしだがはっきりと言うビィと、それに振り回されているリュウのやりとりを見て、ミリーネは必死で笑いをこらえていた。

「いいわあ、あんたらの会話。聞いてて面白い」

「他人事だと思って……」

 ビィとミリーネに挟まれると、何故か自分のペースが乱れる。そんな気がして、リュウは肩を落として大きくため息を吐いた。

「ああ、ところでリュウ。お願いがあるんだけど」

「はあ? まだお前、俺たちをこき使うつもりか?」

「こき使うっていうほど使ってないでしょ?」

 リュウの言い方に少し頬を膨らませて不満そうに言ったミリーネだったが、すぐに表情を真剣なものにさせた。その変化にリュウは少し驚き、ミリーネの方を見た。

「何だ?」

「耳、貸して」

 ミリーネに言われるままに少し体を傾けると、耳の中にひそひそと小さな声が届いた。最初こそは真剣な顔でリュウも聞いていたが、少しずつ真剣さは消えていき、最終的には呆れた表情になっていた。

「はあ? 何で俺が」

「あんたしかいないのよ、よろしく」

 ぱんぱん、とミリーネはリュウの肩を叩いて一歩先を歩き始める。

「じゃあ私、教官室に戻るから。リュウもビィも学校見て帰ればいいわ。じゃーねー」

 そしてミリーネはパタパタと小走りでその場を去ってしまった。自分勝手な奴め、とリュウが口には出せない悪態をミリーネの背中に向けていたときだった。

「りゅ、リュウさん!」

 後ろから、走ってくる足音とリュウを呼ぶ声がした。それは、先程発表をしていた学生――ロードだった。

「あいつは……」

 その姿を認めたリュウは、ちら、と隣に立つビィを見た。ビィは数回ぱちぱちと瞬きをした後、小さく頷いて、ロードのほうを向いた。

「ど、どうした?」

 リュウはぎこちない笑みを浮かべて、ロードに声をかける。ロードはリュウの前に立ち、呼吸を整えるように大きな息を吸っては吐き出し、を二、三回して顔をあげた。

「あ、あの! 聞きたいことが、あるんです!」

「何だ?」

「黒の魔術、って……やっぱり、難しいですか」

 深刻な顔をして、ロードはリュウを見上げる。その瞳には、不安の色が強く反映されていた。リュウが黙っていると、ロードは言葉を続けた。

「俺、今、カラーコードの希望で黒を選んだんです。でも、その……周りからは合ってないって、言われて」

「合ってない?」

「はい……。性格単純で、短気って言えば短気だけど、何ていうか、黒を使えるような性格じゃない、みたいな……」

「性格、ねえ……」

 ロードの話を聞いて、リュウは何となくだが、校内でロードがからかわれている光景を思い浮かべることが出来た。他人が聞けば大した問題ではないのだが、本人にとっては深刻な問題。それも、自分の今後をどうするか、という実に重い問題なのである。

「カラーコードと魔術士、魔導士の性格に因果関係はありません」

 そのとき、ビィがはっきりとロードの言葉を否定した。突然口を開いたビィに、ロードは驚いたように目を大きく開いている。

「性格の問題があるのなら、魔術自体使用するのが困難になります。先程、貴方のデータを確認しましたが、魔術使用状況には何も問題はありませんでした。現在も、貴方の魔力の乱れは見られず、安定した状態を維持しています」

「は、はい……」

 性格とカラーコードが関係ないことぐらいロード自身も解かっているし、自分の魔力がある程度安定していることも把握している。この状態で黒の魔術を使うことができるのは、理解しているのだ。しかし、彼が求めていた言葉は、そんなものではなかった。ロードは顔を俯け、自分の足元を見つめた。

「貴方なら、出来ます」

 ビィは、はっきりとロードを肯定した。その言葉に、ロードは顔をあげて、ビィの顔を見つめる。

「え……?」

「先程の分析から、貴方がカラーコード黒を使用することは可能と判断できます。貴方には黒を使いこなせる適性があると私は考えます」

 ビィの言葉にはロードだけではなく、リュウも少し驚いたような表情を浮かべていた。ロードはしばらく呆然としたようにビィを見つめていたが、強く目を閉じて、それからリュウとビィに向かって深く礼をした。

「ありがとうございます! リュウさん! 俺、もっと黒の魔術が使えるように、しっかり勉強します!!」

「ああ、そ、そうだな」

「励ましてくれて、ありがとうございます、ビィさん!」

 そして、ロードはくるりと振り返って教室のほうへと走っていった。ロードの背中が遠くなり、見えなくなった頃、ビィはリュウのほうを向いて口を開いた。

「何故、指示を口頭されなかったのですか」

「指示……ああ、さっきのか」

 ビィの言う指示とは、ロードが来る直前に行われたもののこと。リュウはとっさに思考を魔術でビィに向かって送った。いわゆるテレパシーというものである。

「まあ、ロード本人に聞かれたくないと思ったからな。ランクが高くても、さっきのだったら俺とお前しか通じないだろ?」

「わかりました」

「ところで、俺からも質問だが」

「何でしょうか」

 ビィは無表情のまま、首をかしげる。

「さっきの言葉。あれは俺が指示した以上のものだったように思えたが、自分で考えたのか?」

 リュウがビィに与えたのは、『ロードがカラーコード黒の魔術を使うことに問題がないことを伝えろ』という指示だった。そんな指示を与えた理由というのは、ミリーネからロードの話を聞かされたことにある。

「多分あの子、黒を使うの不安に感じてると思うのよね。周りにからかわれたり、とかしてさ」

 学年の中でも数少ないカラーコード黒の希望者というのはからかいの対象になりやすい。しかも、黒を使う魔術士は大人しい性格という一般的な考え方があるために、それと一致しない性格の持ち主だったらなおさらである。

「私はマスターの指示に従っただけです」

「ふーん……まあ、いいけどな。ああいう言い方、俺には出来ないし」

「マスター。もう一つ尋ねたいことがあるのですが」

「ん?」

 ビィはじっとリュウを見つめて、口を開いた。

「何故、彼に急激な体温上昇、それも顔面部の温度上昇が認められたのでしょうか」

「……は?」

 ロードの体温上昇。何故、そんなことが起こったのか。わかるはずもないリュウは、首をかしげるしかできなかった。

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