File02-03

「ったく、何で俺が叱られないといけねーんだよ……」

 あと一歩で取っ組み合いのけんかになりそうだったロードと男子学生だったが、結局偶然通りかかった教官に見つかり、指導を受けてしまった。しかし、ロードからすれば、変な言われようをした上にけんかを吹っかけられたのだから、自分が指導される理由など見つからないのだ。

「しかもあと少しで授業じゃん……」

 腕時計を見ると、あと十分で授業開始。気分も落ち込んでしまっているし、このまま授業をサボろうか、と考えて視線を廊下から外の中庭に向けた。

 そこに、一人の少女が立っていた。

「……ん?」

 服装は訓練所の制服ではなく、私服。黒くふわふわとした長い髪をツインテールにしている、見たことのない少女。少女はロードの視線に気づいていないのか、ぼんやりと空を見上げていた。

「……」

 綺麗だ、と思った。瞬きするのも忘れて、ロードは真っ直ぐに立ってじっと見つめている。このまま、時が永遠に流れていくような気さえしていたとき、少女の顔がロードの方を向いた。

「あっ……!」

 目が合った瞬間、ロードの全身の熱が一気に上がった。少女は、紅い瞳をロードに向けて、小さく首を傾げた。ずっと見ていたことに気づかれたのかもしれない、とロードは思ってあたりをきょろきょろ見ながら少女に向かって言う。

「えっ、あ、あの! そ、の! あ、め、珍しいな、ってお、思って!」

「……」

「その、一般の人が来ることって、な、ない、か、から……」

 言葉が途切れ途切れにしか出てこない。緊張のあまり、何を言っているのか自分でもわからなくなってきたロードは再び時計を見る。授業開始まで、あと五分。

「ああっ! お、俺! じゅ、授業ある、か、から! し、失礼します!」

 ぺこりと深く礼をして、ロードは逃げるようにその場を去った。少女は何も言わず、ぱちぱちと瞬きをして去ってゆくロードの姿を見つめているのだった。


「ロード、遅かったねー」

「ギリギリセーフじゃん」

「あ、ああ……」

 結局授業に出てしまうことになってしまった。ロードはそう思いながら、大きくため息をついて席についた。

「なあ、ロード。お前、そんなに怒られたのか?」

「え?」

「だって、授業開始ギリギリまで来ないんだぜ? そこまで残されるなんてさ」

「あ、いや……」

 女の子に見とれてたから授業遅れそうになった、なんて言えるはずもなく、ロードは「はははは……」と適当な笑い声をあげた。そして授業開始時間になると、教室にミリーネが入ってきた。

「じゃあ、授業はじめるわよー……の、前に。今日は特別講師をお呼びしましたー」

 にっこりと楽しそうに笑うミリーネは扉のほうに向かって声をかける。すると、そこに黒いコートを着た男が入ってきた。その男を見て、教室内はざわざわと騒がしくなる。

「あれって、もしかして……」

「AAA+の、魔導士の……!」

「みんなの予想通りの人です。はい、自己紹介」

 教室内の反応を見て、満足そうな笑みを浮かべるミリーネは、男の背中を思い切り平手で叩いた。

「魔導管理局、機動部隊第三隊より来ました。登録コードは……まあいい。えーっと、リュウ・フジカズだ」

 どこか手抜きに思えるようなリュウの自己紹介を聞いた瞬間、ロードははっと目を大きく開いた。

 魔導管理局唯一のAAA+魔導士、リュウ・フジカズ。黒魔術を選んだロードにとっては、憧れの存在である。その魔導士が目の前にいることに、ロードは興奮と感動を抑えるのに必死になって、驚いたような表情でリュウを見つめるしか出来なかった。

「で、本日の授業はリュウ先生に……と思ったけど、この人説明が下手なのよねー」

「お前なあ……」

「と、言うことでもう一人の特別講師を呼んでいます」

 ミリーネは、今度は扉の向こう側にいるであろう人物に手招きをする。教室に入ってきたその人物を見て、ロードはとうとう抑えがきかなくなった。

「ああっ?!」

 突然立ち上がったロードの叫び声に学生たちだけでなく、ミリーネとリュウも驚いたような顔を浮かべた。しかし、その中で教室に入ってきた人物――ビィだけは冷静にロードの方を見ていた。

「き、君……! さ、さっき、の……!」

「ビィ、知ってるのか?」

 ロードの反応を見て、リュウはビィに耳元で尋ねる。ビィは視線をロードからリュウに向けて頷いた。

「先程、中庭で待機している際に認識しました。私の事を観察しているような様子が見られ、その後、私が彼のほうを見た際には、急激な体温上昇が確認できました」

「……体温上昇?」

 何のことだ、と思ってリュウが繰り返し呟くと、隣のミリーネが「ああ、なるほど……」と納得したように頷いた。

「はいはい、とりあえずロード座って。それで、こちらは……リュウ、あんたが紹介して」

「俺かよ?! えーと……、こいつは、俺のバディのビィだ」

「正式名称、ベリー・オブ・ブラック。登録コードDB-Fb2158-S、機動部隊第三隊、リュウ・フジカズと契約をしています」

 リュウとビィの言葉に、学生たちはざわつく。バディと言えば、一般的には動物である。しかし、リュウは間違いなく少女――ビィをバディと言った。人をバディにしているのか、と驚きを隠せない様子である。学生たちの不安や疑問の表情を見て、ミリーネはにやにやと笑っていた。

「ほーら、いい反応でしょ?」

「お前なあ……」

「はい、静かに。ビィの登録コードを聞いて何か疑問に思った人はいないのー?」

 ぱんぱん、とミリーネが手を叩いて鳴らすと、学生たちは沈黙する。先程言われた登録コードを思い出そうとする者、思い出して思考する者、検討すらついていない者、それぞれの沈黙が一分ほど続いたとき、ロードがすっと手を挙げた。

「はい、ロード」

「……ドール、ですか」

 ロードの回答に、学生たちは視線をビィに向けた。

 ドール。それは魔法使いが作り出した、人と同じ姿をした人ならざるモノ。ミリーネとリュウの間に立つ小柄な少女が、人ならざるモノ、と言われても人間との違いは全く見つからない。

「その回答に至った理由は?」

「登録コードの最初に、Dという文字が入っていました。一般的なバディには考えられないコードだし、えっと……まず、人間がバディになることは不可能、かと」

 言っている途中で自信がなくなってきたのか、ロードは視線を少しずつ下に落としてゆく。その様子を見てミリーネは頷いて「続けて」とロードに続きを促した。

「人間にはそれぞれ持っている魔術コードがあります。指紋や瞳孔の違いと同じくらい、細かい違い、です。それを無理に適応させようとして契約した場合、魔力の破綻や暴走が生じる恐れがあります。それに対し、ドールの場合は自分のコードを入力することによって契約が可能になるか、と……」

「大体正解ね。でも少し足りないものがあるわ」

 足りないもの、と言われてロードは自分の言ったことを思い出そうとする。が、それをさえぎるようにミリーネはリュウを親指で指しながらはっきりと言った。

「こいつがアホみたいに無理をする男っていう部分かしら」

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