第38話

 散々、「学校に行きたくない」と宣言していた牧野だったが、僕の「高校くらいは卒業しないとな」という一言で、とりあえず夏課外授業の残り二日は行くことにした。

 久しぶりに登校すると、案の定、善意のクラスメイトに取り囲まれて、「大丈夫?」「悩みがあったら聞くよ」と質問攻めにあったらしい。

 知らない間に、学校を休んだ理由が、「幸田宗也の暴力による心疲労」という扱いにされていたのだ。それだけじゃない。僕が退学になって町で暴れているだとか、万引きを働いたとか、人を殺しかけたとか、根も葉もない噂が立っていたらしい。

 そんな胸糞の悪い話を、昼過ぎに帰ってきた彼女は笑いながら語った。

「気にしちゃダメだよ。どうせ、学生の退屈しのぎの遊びなんだから」

「学生のうちに、情報リテラシーを鍛えないでどうするんだよ」

「あ、そうだ。篠宮くんの席、撤去されていたよ」

「そりゃあ、退学になったからな」

「今は亡き同級生を慈しむ心を持っていないのかな、あの人たちは」

「いや、死んでないから」

 やはり、と言うべきか、僕がいなくなってから、あのクラスは活気にあふれていたらしい。

 もうすぐ終わる課外授業、その先に待っている楽しい夏休みの日々に胸を躍らせ、「何処に行く?」なんて会話を延々と続けていたようだ。いやいや、僕が教室にいるときもそう振舞えよな…って思ったが、やはり、リードに繋がれていない狂犬を横目に、そんなことはできないか。

「ねえ、篠宮くんは、夏休みに予定あるの?」

「いや…、特に」

「バイトはしないの?」

 そう聞かれて、僕は苦笑し、頬をぺしっと叩いた。

「生活費稼ぐためにやったことがあるんだけど…、ほら、僕、殺人鬼と同じ顔だし」

 牧野には言わなかったが、僕は今までに、二回バイトの面接を受けたことがあった。一つ目は面接の段階で、「きみ、幸田宗也のクローンだよね? 殺人鬼の採用はちょっとなあ」と断られた。二つ目は採用され、三日ほど働いたのだが、「殺人鬼を働かせるな」という苦情を受けて解雇された。

「つまり…、何もないな」

「何処かに遊びに行く?」

「いやいや、僕が海水浴場に行ってみろ。全員パニック起こして、海面に浮いてくるよ」

「いいじゃない。邪魔な客が消えて、悠々と楽しめるわ」

「その前に警察が来るんだけど」

 とにかく、僕みたいなやつが外に出るべきではない。こうやって、蒸し暑い部屋で昼寝をするだけで楽しめているのだから、わざわざカロリー消費して、炎天下の中に向かう必要なんてなかった。

 牧野はつまらなそうに頬を膨らませた。

「とにかく、何処に行きたいか選んでおいてよ。一緒に行ってあげるから」

「上から目線だな」

「いや、今更でしょ」

 そうやって笑いあった後、乾いたばかりの敷布団を扇風機の前に敷いた。その上に、牧野が買ってきた冷感シーツをかぶせた。皺を伸ばし、ずれないようにゴムで留める。触れてみると、確かにひんやりとした感触があった。

「すごいな。思ったよりも冷たい」

「これ、私の家でも使っているの。結構気に入っているんだ」

 確かに、そのシーツは冷たくて気持ちが良かったが、牧野に抱きしめられると、やっぱり暑かった。「クーラーつけようか?」と提案したが、彼女は目を閉じたまま首を横に振った。

「ちょうどいい暑さの中で眠るのがいいじゃない」

「ああ、そう」

 暑い中にラーメンを食べるのと同じかな? と思いながら目を閉じた。

 うつらうつらしながら、牧野と行くところを考えていた。

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