第30話

 立ち上がり、彼らを睨んだ。

「分かり合えないってわけだ」

 三宅は鼻で笑う。

「そうだな、人間でもないクローンとなんかわかり合いたくないな」

 僕は乾いた声で頷いた。

「うん、わかった」

 ごめん。

 次の瞬間、僕は身を屈めて三宅に接近すると、彼の足を払った…が、彼が跳び上がったことで失敗する。

 着地した三宅は、プレゼントをもらった子供のようにはしゃいだ声をあげた。

「お! やるのか! 返り討ち…」

 言い終わらないうちに、僕の回し蹴りが三宅大河の顔面を捉えた。

 ゴキッ! と、彼の鼻の骨が折れる感触がつま先に残り、僕の股関節辺りにまで駆け上る。

 静江さんとの「誰にも暴力を振るわない」という約束と共に、振り抜いた。

 三宅は鼻血を噴出しながら吹き飛び、後ろの机に背中を打ち付けた。まだ意識はあったようで、「この殺人鬼!」と叫ぶ。その口を塞ぐように、身を反転させて、さらにもう一撃を食らわせた。今度は、歯が数本折れる音がした。

 遅れて、教室中に悲鳴が響き渡る。

 僕は気絶した三宅の胸ぐらを掴むと、近くに引き寄せ、その股間を蹴り上げた。反応はない。それでも、もう一発蹴り上げる。そして、真っ青な顔をした周りを見て言った。

「お前らが望んだんだ! お前らがこうなることを望んだんだ!」

 三宅の髪を掴むと、彼の頭を、思い切り窓に叩きつける。ガシャン! と、ガラスが割れ、彼の血が飛び散った。それだけじゃ終わらない。首根っこを掴み後ろに倒すと、その腹を踏みつけた。顔面を真っ赤に染めた彼は唸ると、昼に食べたであろう弁当を吐き出した。

「お前らが僕を『殺人鬼』と呼んだ! お望み通り! なってやるよ! 文句ないだろ!」

 何度も、何度も、何度も、三宅の腹を蹴りつける。

「ほら! お前らの大好きな殺人鬼だ!」

 喉が切れる勢いで叫んだ瞬間、背後から誰かが迫るのに気づいた。

 すかさず、三宅の腹を蹴って跳ぶと、身を捩って脚を振る。踵は、僕を押さえつけようとしていた男子の顔面を捉えた。男子は鼻血を噴き出しながら吹き飛び、床に背中を打ち付けた。その上に馬乗りになり、もう三発殴った。

「おら! 殺人鬼にしたいんだろ! さっさとかかってこいよ! 殺してやる! 全員殺してやる!」

 だが、それ以上襲い掛かってくる者はいなかった。変貌した僕を見て、皆、足が竦んでいた。

「なんだよ…」

 やけくそで、馬乗りになっていた男子の鼻を殴った。骨が折れる音がした。もう一度殴ると、歯が折れる音がした。

「ふざけんなよ! 人が大人しくしておけば調子に乗りやがって! いざ暴れたらだんまりか! ふざけんなよ!」

 そう叫んでいると、騒ぎを聞きつけた先生らが教室に飛び込んできた。その中には、屈強な体育の先生もいた。

 教室の惨状を見て、学年主任が叫ぶ。

「お前、何してる!」

「殺してんだよ!」

 興奮した僕はそう言うと、先生らに向かって飛び掛かっていった。

 周りにいた生徒を押しのけて、学年主任が前に出る。彼は僕を取り押さえるべく身構えたが、僕を見て何を思ったのか、顔をひきつらせた。

 その一瞬の隙を突いて、僕は学年主任の脂ぎった顔を殴っていた。

 ゴキッ! と嫌な音。学年主任が呻き、首をのけ反らせる。僕は血管の浮いたそれを鷲掴みにすると、気道を圧迫しようとした。

 その瞬間、死角から拳が飛んできた。

 躱そうと身を引いたが、頬にめり込む。

「うわっ!」

 僕は殴り飛ばされて、教室の床を、二、三回転した。

「…くそ、くそ」

 身体を起こした僕は、反射的に頬を拭う。

 走ってきた体育の先生が、その屈強な身体で僕を床に押さえつけた。

「ついに正体表しやがったな! この殺人鬼が!」

 鼓膜が裂けそうなくらいの大声。そして、その声を煩わしいと思わせる余裕もなく、ギリギリ…と胸骨を圧迫される。

 息が、できない。

「おとなしくしろ! 警察に突き出す! もう我慢の限界だ! この殺人鬼! 一生世に出てくるな!」

「ああ! 殺人鬼だよ! この野郎!」

 喉が破裂しても構わない。僕は叫んだ。

「てめえらがそうさせたんだろうが!」

 だけど、殺人鬼の肉体をもってしても、大人の力に敵うことはなかった。

 担任の先生だけじゃない。国語の先生、音楽の先生までもが教室に飛び込んできて、彼らは、まるで猛獣を相手にするかのように、僕の四肢を掴んで自由を封じた。それでも僕は、打ち上げられた魚のように暴れた。噛みつこうとまでした。そうしたら、お腹を殴られた。それでも暴れてやった。また腹を殴られた。たまらず吐いて、体育教師の顔を汚してやった。そうしたらあいつ激高して、僕を床に叩きつけやがった。

「…くそ」

 頭を強く打った僕は、気を失った。

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