第24話

「私の睡眠時間が少なくなっちゃうじゃない」

「ああ…、うん」

 僕は重い足を一歩踏み出す。

 牧野に追いつくと、彼女は何かに気づいたような顔をして、僕の目を覗き込んだ。

「すごい隈…」

「え…」

「ほら、目の下よ」

 そう言って、牧野梨花のしなやかな指が、僕の目の下を拭った。冷たい指だった。

「眠れていないの?」

「ああ、うん。眠れるわけがないだろ」

 眠れば悪夢を見る。殺人鬼の夢だ。

「まあ、そうだろうね」

 僕の状況を知っている彼女は、淡々と言った。

「ねえ、知ってる? 人間って、眠らないと死ぬんだよ」

「死ぬ、ね…」

 睡眠不足、そして、学校での出来事でストレスが溜まりに溜まっていた僕は、なぜか笑っていた。

「死んだら、楽になれるのか…」

「馬鹿じゃない?」

 コツン…と、牧野梨花が僕の額を殴る。それだけで、眠気と疲労が少し吹き飛んだ気がした。

「あんたが死んだら、私の居場所が無くなるでしょ」

「ああ、そういう…」

 まあ、そうだよな。牧野は別に、僕のことをどうこう思っているわけじゃない。僕のアパートで眠る、ただそれだけのために、僕を利用しているだけだ。

 僕は先に進む彼女の背中を追って、歩き始めた。

 横から差し込む陽光は、容赦なく僕の頬を焼く。垂れた汗は、妙にしょっぱかった。

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