第17話

 少し、昔のことを思い出したよ。

 中学生の頃の話だ。

 ある日の放課後、僕はいつものように、クラスメイトから二十年前の事件を糾弾された。

 もう慣れていたはずなのに、その日は怒りを抑えることが出来ず、教室を出た僕は、顔を鬼のように歪ませていたと思う。めらめらとお腹の底が燃えていた。下に響くくらいの勢いで廊下を踏みしめながら歩き、一階に続く階段に差し掛かった時だった。

 下の踊り場に、女の子が倒れているのが見えた。

 隣のクラスの奴だと気が付く。捲れたスカートから、彼女の太ももが見えるのだが、それは青紫に腫れあがっていた。階段から転げ落ちたのだとすぐに分かった。

 僕は馬鹿だった。あれだけ学校の奴らに嫌われているのだ。女の子を見つけても、無視すればよかった。それなのに、僕はその子を助けようと思ってしまった。

 まだ、自分が殺人鬼ではないことの「証明」が欲しいと思っていたのだ。

 僕は階段を駆け下り、気を失っている女の子に近づいた。

 大丈夫か…? って口を開く直前、一階から男子生徒が登ってきた。

 踊り場で足を腫れあがらせて気を失っている女の子と、それに近づく僕。それを見た男子生徒。

 後は想像通りだ。

 すぐに先生が飛んできて、僕は有無を言わせず、床に組み伏せられた。何度「違います」と叫んでも、「嘘を付け!」と聞き入れてくれなかった。引きずられて、職員室に連れて行かれて、激しく叱責された。「どうしてあんなことをしたんだ!」「やっぱり正体を現したな!」って。

 それでも僕は訴えた。「違います」。そして、目撃した生徒にも言った。「僕がそんなことをしていたように見えたか!」と。

 彼の顔は青くなっていた。そして言った。「見ました」と。

 それを聞いて、先生たちは勝ち誇ったような顔をした。

 その後はもう大変だった。校長、気を失った女の子の母親、PTA役員までもが学校にやってきて、僕と、里親の静江さんを糾弾した。「お前はクローンだ。人間じゃない」と言われたのが結構きつかったのを覚えている。

 嬉しかったのは、静江さんだけが僕のことを信じてくれたことだ。彼女は何度も首を横に振り、「青葉くんはそんなことしません」と訴えた。周りからは、「殺人者の親だから、殺人者の思考か」と嘲笑が起きた。

 結局、意識を取り戻した女の子の証言で、僕は無罪となった。それなのに、僕の一か月の停学が無くなることはなかった。

 それ以来、僕は人と関わることに、さらに消極的になってしまった。

 教室の隅で、虫のように息を吸い、冬の湖のように静かになった。

 もう人なんて、助けるもんか。そう思っていた。

 そんな僕だったが、今日、牧野を助けた。人を助けた。

 明日は隕石でも降ってくるのだろうか?

「…おい、着いたぞ」

 牧野梨花を背負ったままアパートに戻った。

 布団の上に彼女を寝かせ、濡らしたタオルを額に当てる。すると、まるで息を引き取るように眠ってしまった。薄く閉じられた目の下には、睡眠不足の象徴である隈が浮いていた。

 僕は彼女の横に座り、本を読んだり、スマホを弄ったりしながら時間を潰した。時々、温くなったタオルを替えたりした。

 牧野は二時間ほど眠り、九時を過ぎる頃に目を覚ました。

 身体を起こし、僕を見る。それから、部屋を見渡し、目をぱちくりとさせた。

「え、ここ、どこ?」

「変なことはしてないから、警察を呼ぶのだけは勘弁してくれ」

 そう言うだけで、彼女は今の状況を完全に理解した。

 せっかく血色がよくなっていた顔が赤く染まる。怒りに蹴り飛ばされたように手を振り上げたが、すぐに下げた。そして、諦めたようなため息をついた。

 下唇を噛み締め、そして、消え入るような声を絞り出した。

「ありがと…」

 まさか感謝されるとは思っていなかった僕は、反応に困った。

「なんだよ、熱が出て頭がおかしくなったか?」

「うるさい殺人鬼」

 かと思えば、いつもの牧野梨花だった。

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