第9話

「ああ、もう…」

 自ら、見て聞いたというのに、僕は苛立ちの籠ったため息をつくと、その場にしゃがみ込んだ。かといって、この苛立ちをどう発散すればいいのかわからず、頭をガリガリと掻きむしる。髪の毛が数本抜けて、はらりと落ちた。

 真偽不明の情報を面白おかしく大げさに報道して、何かと炎上しているテレビ番組だが、概ね合っている。多分。

 脳裏に過るのは、さっき、牧野梨花に言われた言葉。

『あんた、幸田宗也じゃない…』

「ああ、そうだよ」

 一人呟き、膝に顔を埋める。

 二十年前…、ある村に住んでいた男が、二十六人もの命を奪い、自殺をした。

 その男の細胞を使って、ある天才医師がクローンを作成した。

 それが、僕こと「篠宮青葉」。またの名を、「幸田宗也」。

 本当、とんでもないことをしてくれたな…と思うよ。

 知っての通り、クローンの作成は法律、そして、倫理的な問題から禁止されている。やろうものなら、世間からはマシンガンのごとく批判を浴びせられる。二十六人もの尊い命を奪った殺人鬼ならなおさらだ。

 当初、尼崎翔太と赤波夏帆は、クローン…いや、僕を、人知れず育てていた。だけど、病院に隠していた経過記録をきっかけに、その存在が世間に公表された。

 僕は、まだ赤子だったから覚えていないけれど、日本中を巻き込む騒動になったらしい。

 人々は恐怖し、憤慨し、尼崎翔太の行為を、激しく糾弾した。

 連日、彼の病院には、報道陣だけでなく、どこの誰だかわからない人らが押しかけた。中には過激派もいて、包丁を持って僕を殺そうとしてきた者もいたらしい。実際、病院関係者がとばっちりを受けて酷い傷を負った。

 話の整理がついた頃、当然の如く、尼崎翔太と赤波夏帆は逮捕され、投獄されることになった。

 僕の処遇であったが、一度は殺処分…という方向で話が進んでいたらしい。でも、幸か不幸か、「クローンとはいえ、殺人鬼と同じ姿をしているだけ。罪はない」という知見を持つ者が一定数存在した。おかげで僕は、殺されることなく、里親の静江さんに引き取られた。そして新たに「篠宮青葉」という名前を授かったのだ。

 僕は篠宮静江さんに育てられた。

 一般人がそうであるように、まともな教育を受け、それなりの食事をとり、すくすくと成長した。あの人のおかげで、自分で言うのもなんだが、優しい人間に成長した。

 このまま、殺人鬼のことを忘れて、年老いて死ぬまで穏やかに生きていられたらどれほどよかったか。

 僕が歳をとるたびに、僕の身長が伸びるたびに、幼かった僕の姿かたちは、あの極悪非道の殺人鬼と瓜二つになっていった。当然、その姿は世間の目に留まるわけで、彼らは僕が「殺人鬼のクローン」であると気づく。そして、くすぶっていた憎悪を再燃させ、僕に向かって投げかけるのだ。

 殺人鬼。殺人鬼。殺人鬼。殺人鬼。殺人鬼。

 今まで、何度こう呼ばれただろうか?

「……………」

 おもむろに手を伸ばし、テレビのリモコンを掴む。

 電源ボタンを押すと、再び、天の声が流れ始めた。

『尼崎翔太によって作成された、冷徹な殺人鬼のクローン。彼は今、普通の高校生として生活している。彼の姿は、あの悲しい事件を思いださせてしまう。遺族たちは今もなお、その面影に苦しめられている。果たして、彼はこの世に存在していいのだろうか?』

 それで話は終わり、映像はスタジオに切り替わった。

 台に肘をついた司会者が、「うーん」と唸り、向かいに座っていた可愛らしいアイドルの女に話を振る。

『君は、どう思う? このことについて』

『そうですねえ』

 アイドルの女は爽やかな笑みを浮かべ、首を捻った。

『やっぱり、遺族からしたらやるせないですよね。自分の家族を殺した男と同じ姿をしたものが、まだのうのうと生きてるなんて』

『だよねえ』

 司会者が渋い顔をした。

『まあ、いろいろ難しい問題ではありますが、個人的な意見を述べさせてもらえれば、やっぱ、存在してほしくないですよねえ、殺人鬼のクローンなんて…』

 その後、ニコッと笑い、アイドルの女を見る。

『君のクローンが居たら、喜んで、一人くらい持ち帰るんだけどねえ』

 その冗談に、スタジオは爆笑の渦に包まれた。

 テレビを消そうと、またリモコンに手を伸ばしたが、番組は次のコーナーに入ったので、そのままつけておくことにした。

 改めて立ち上がり、クローゼットから掃除機を引っ張り出すと、台所に落ちたガラスの欠片を吸い取る。コンセントを挿したついでに、気になっていた溝の埃も吸い込んでおいた。

 そしてようやく、焼うどんに手を付ける。だけど、もう結構冷えていて、口に含んだ時の脂っこい舌触りが気に食わなかった。

 結局、半分も食べることもできず、僕は自棄になって横になった。

 テレビからは、楽しそうな笑い声が聞こえる。

「…………」

 脳裏に過るのは、誰かが「殺人鬼!」と叫ぶ声。

 確かに僕は殺人鬼の遺伝子を持っている。だけど、人を殺したのは僕じゃない。

 ここで、もう一度あの疑問を自分の胸に投げかけてみる。

 僕が殺したわけじゃない。それでも人は、僕のことを「殺人鬼」と呼ぶのだろうか?

 それでも僕は、「殺人鬼」と同じ道を歩むのだろうか?

 答えは…、まだわからない。

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