11-2「分岐」

佑心、一条、心はメインホールから抜け出し、最初にいた廊下に出た。人気のない突き当りまで来て、三人はやっとフードを脱いで安堵の声を漏らした。



「しっかし、ラッキーだったわね。見つかったのがじゅ氏じゃなかったら、私たち終わってた。」


「まあ、ぼくの人望――」



心が調子に乗ってニヤニヤと頭をかくと、一条が頭にげんこつをお見舞いした。



「痛い!」


「ばーか。調子乗ってんじゃないわよ!」



そのすぐ横で佑心は一人真剣に考えこんでいる。



「それで、どうだったの?すう氏の部屋。」



一条は尋ねた。



「んー、メモの内容からしてすう氏は守霊教内部に協力者がいたのか怪しんでる感じだった。」


「つまり、すう氏は事件とは関係ない……」



佑心が言い終わる前に一条が続けた。すると、心は大きく息を吐いた。



「良かったー!PGOの仲間を疑うのはもうこりごりだよ……」


「疑うと言えば、佑心、もうあの特殊執行部の人に監視されてないの?守霊教のこと調べてたせいで疑われてたんでしょ?」


「ああ、橘さん?」



一条の問いかけに佑心は守霊教のローブを畳みながら答えた



「それが急にもう疑いは晴れたって言って、ぱったり……」



佑心は顔色を少し曇らせた。



「ふーん、ま、ならいいじゃん。さっさと戻ろ。」


「仕事納めだしね~。」



一条は三人分の守霊教のローブをしまった袋をぐるぐると振り回しながら、エレベーターに向かい、心も後に続いた。

佑心は橘が最後に佑心の任務に着いてきた時のことを思い出した。夕暮れ時の駅のホームで、橘は佑心に顔だけ向けて言った。



「どうやら、君を疑うのは筋違いだったようですね……君はくれぐれも運を逃がさないよう……」



佑心は橘の含みのあるその顔と言葉が忘れられなかった。






十二階の礼拝堂の扉がゆっくりと開いた。真夜中の礼拝堂には誰もおらず、扉の軋む音だけが響いた。入ってきた人物は、守霊教のローブに身を包み、顔をフードで隠していた。その人物は真っすぐ礼拝堂の真ん中を歩いて行く。胸には守霊教の銀色のネックレスが揺れている。講壇の前まで来ると、ゆっくりとフードを脱いだ。

現れたのは、綺麗な水色のロングヘアの可愛らしい少女。川副沙蘭は突き合わせた拳を天高く掲げた。






12月31日、多くのビールジョッキがかち合う高音がわいわいと騒ぐ声に紛れた。



「カンパーイ‼」



多くの大人ががやがやとビールを煽りながら大声で騒ぐ。その中には赤の派閥のリーダー、松本もいて、他の赤のパージャーと一緒に盛り上がっている。見事に全員羽目を外して酔いが回っていた。

端っこの席で佑心、一条、心はソフトドリンクを片手に肩身の狭い思いをしていた。



「はぁー、なんで毎年おっさんたちの飲み会に参加してんだか……」


「ま、僕らは専らソフトドリンクだけど。」



一条の隣に座る心はグラスを掲げて苦笑いした。



「ま、会社の忘年会なんてどこもそんなもんじゃないのか?知らないけど。」



佑心はぐびっとコーラを飲み干した。



「そんな退屈そうな顔しなーいのっ!」



日根野がそう言いながら、後ろから佑心に抱き着いた。いつもより赤い顔で佑心にぎゅっと抱き着いたまま向かいの心と一条にも笑いかけた。

佑心は困惑気で、一条もジト目で声をかけた。



「も、もしかして、晴瑠さん酔ってます?」


「もっちー!あはは……」



日根野は明らかに酔った様子で、ビールジョッキを掲げながらけらけら笑った。



「ここにも酔払いが一人……ハハ……」



心はまた苦笑いをこぼした。






宴会はやんやと続き、ついに日根野は佑心の肩を借りて寝てしまった。



「これ、俺西村先輩に怒られないか?」



佑心は肩で眠る日根野を見て顔を引きつらせた。



「だ、大丈夫だよ、不可抗力だし……」



心も同情した。



「そろそろお開きかー?」



松本の声が居酒屋に響いた。



「やっとか……」



一条がため息をついて近くに会ったグラスに手を伸ばした。



「あ、一条、それはっ!」



佑心が止める間もなく、一条は鬱憤を晴らすようにグラスの中身を一気に飲み干した。そしてがたっとグラスを置き、俯いたまま静止した。



「あ、お、おい……一条?」


「え、あ……」



二人がおそるおそる声をかけると、一条は勢いよく顔を上げた。



「ほえ~~……ガッ!」



一条は奇妙な声を出して、一気に机に突っ伏した。



「い、一条さん?……だめだこりゃ……」



心が肩を揺らしても、全く一条は起きる気配がない。



「ハッ……ってか酔うのはや。」



佑心はすっかり意識を失った一条にジト目を向けた。






心が一条の肩を、心が日根野の肩を持って寮の廊下をよろよろ歩く。



「じゃあ、僕は日根野さん部屋まで送ってくから、おやすみ。」


「ああ、おやすみ。」



心はそのまま奥に歩いて行った。佑心はすぐ側の一条の部屋の扉をカードキーで開けた。



「ったく、成人してもこいつには飲ませちゃだめだな……」



佑心はすやすや寝ている一条をベッドに寝かせ、布団をかぶせた。佑心は女子の部屋にいるのも決まり悪く、去ろうと背を向けたが、足を止めることになった。一条の小さな呟きが耳に入ったのだ。



「ん?」



一条の声に耳を傾けた。



「パパ……?」



佑心は驚いたように目を見開いたが、すぐに悲し気な表情に変わった。

静かに目を伏せ、一条を起こさないように扉を閉めた。

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