1-2「PGO」

佑心は一条とわかれ、施設の車庫に自転車を止める。夕飯も入浴もすっ飛ばして、自室のベッドでうつ伏せに転がった。顔だけ横にふいと向けると、壁に貼ってある家族写真が目に入った。それをぷちっと引きはがし、写真の中の自分と目が合った。佑心は大きなため息をついて写真を伏せた。






佑心は都心にある協会の前に来ていた。一条との約束の週末である。青Tシャツに部活のジャンパーを羽織っている。隣には既にPGOの制服を着た一条がいた。



「ここ、守霊教しゅれいきょうの大聖堂ですよね。色々噂がある宗教みたいですけど。」


「さっさと行くわよ。」


「え……」



一条は躊躇せず協会に入っていく。佑心も急いでついていった。中は普通の礼拝堂だが、佑心は物珍しそうに辺りを見回した。それなりの大きさがあり、天井はかなり高い。一条はずんずん進み、礼拝堂の奥の扉を開けると、その下に続く階段を下りていった。



(地下……?)



佑心の目には薄暗い中にある螺旋状の階段が見えた。一条について三十段ほど下りると、彼女が重そうな扉を開く。次に見えたのは、細長い廊下の先にある円状の受付。受付だけ照明がついていて、幻想的に浮かび上がっている。一条は慣れた様子で受付まで行き、一条と同じ制服の男性に話しかけた。



「執行部、一条希和。本部まで。こっちは候補生です。」


(一条って言うんだ……今更すぎるけど)



男性はすぐに二人を通し、二人は受付奥のエレベーターに乗った。閉鎖空間の沈黙に耐えられず、佑心は口を開いた。



「遠いんですね。」


「もう着く。」



エレベーターの戸が開くと、光が漏れてきて、佑心は目を細めた。目が慣れて見えたのは、白を基調とした急に現代チックなロビーとエスカレーターで上に続く階層。壁にはPGOのエンブレムが描かれている。一条の制服の腕についたものと同じである。



「PGOへようこそ。」



佑心は一条に着いて行きつつもキョロキョロとしていた。一条と同じ色の制服の人が多く歩いている。ちらほらと薄黄色のローブをまとう職員もいた。二人はエスカレーターで二階に上がり、扉に「執行局 執行部赤 責任者:松本まつもと生壱しょういち」と書かれている部屋に着いた。一条が扉を開けると、多くの机が並んでいるが、その多くは空席になっていた。奥の大きな机に体格のいい男、松本が座っている。松本は一条に気づくと、嬉しそうに笑って立ち上がった。



「おうおう、希和!例の新入隊員か?ん?」


(うわ、めっちゃ笑顔だ……)



佑心はその快活さに圧倒された。



「そうです。新田佑心、十七歳。現役高校生みたいです。」


「あ、どうも。初めまして。新田佑心です。」



佑心が一条の紹介を受けて、頭を下げた。



「赤のパージャーの責任者、松本生壱だ。よろしくな!そんなに畏まらなくてもいい。それに、俺は赤の能力じゃなくても歓迎するぞ!」


「赤の能力?俺のパージ能力のことですか?」


「そうだ!パージ能力には主に六種類ある。守霊教式、灰、青、赤、緑、紫だな。まぁ、そういうことはこれから覚えていけばいい。高校はどうしたい?PGOに入る以上、任務も課されるし、忙しくはなると思うが……」



佑心は怒涛の情報量を何とか処理した。



「高卒は施設の方針なので、中退は避けたいです。」



一条はこれを聞いて後ろで険しい顔をしていた。



「合点承知。まあ、一条にサポートを任せるから、大丈夫だろ!」


「うっ、何で私が……」



一条は嫌そうな顔をし、佑心もそれを見てジト目を向けた。その時、松本のデスクの電話が鳴った。



「はい、執行部松本です。……はい、分かりました。」



それまでと違って、いたって落ち着いた真面目な声で松本はやり取りする。受話器を置くと、険しい顔で一条の方を向いた。



「希和、新宿区内で新たにゴーストの位置を特定したと情報局から連絡が入った。すぐに向かってくれ!」


「了解!」



一条はきびきびと返事して部屋を出ていった。



「おーい、しゅん!今手空いてるか?」



松本がデスクから呼びかけると、頼りなさそうな青年が椅子から立ち上がって振り返った。



「はい。何でしょうか?」



「雇用教育部まで彼に付き添ってやってくれ。俺はこれから会議があってな。」


「分かりました!」



舜と呼ばれた青年、こころはそう優しい笑顔で返した。





心はバインダーを腕に抱いて、PGOの真っ白な廊下で佑心と向かい合った。



「PGO執行局執行部のこころしゅんです。舜でいいよ。よろしく。」



心が愛想よく左手を差し出し、佑心がそれに応えた。



「新田佑心です。よろしくお願いします。」


「僕、君とタメだから敬語は外してくれると嬉しいな。」


「えっ!そう、なんだ。PGOって未成年も結構いるんだな。」


「PGOに年齢制限はないからね。一条さんだって僕らと一つしか変わらないし。」


「まじかよ……めちゃくちゃ子ども扱いされてると思ってたのに。」


「あっはは!一条さんクールで優秀だし、僕もいつも呆れられてばっかりだよ!」



一階の廊下を心と佑心が進み、人事局雇用教育部に向かった。そこで佑心は気になっていたことを尋ねた。



「皆の制服についてる胸のバッジって何なんだ?舜のは、Dに見えるけど、松本さんのはBだったよな?」



PGO職員の左胸には銀色のバッジがあり、アルファベットのようなものが一文字刻まれていた。



「ああ。これはPGO内でのパージャーの階級だよ。Dから、えとAまで。任務の実績とかで昇級するんだ。昇級には普通何年もかかるから、僕らみたいな年だとD級が多いかな。」


「あ、でも、一条さんは……」



佑心は一条のバッジがCだったのを思い出した。心は少し笑ってから答えた。



「そ。一条さんはC級。僕らの世代じゃ並外れた実力を持ってる。任務の時とか、いつも本当に凄いんだ。」


(あの人、そんなに優秀なんだな……)



佑心は初めて会った時や面倒くさそうな顔をした一条を思い浮かべて、意外に思った。


突然心が一階のある部屋の前で立ち止まりノックした。



「失礼します。執行局執行部心舜です。候補生を連れてきました。」



少し沈黙があった後に、低い声がした。



「入れ。」



心が戸を開けると、執行部と同じような部屋が広がっていた。違うのは、デスクのほとんどが人で埋まっていることだ。一番大きなデスクで怖い顔をしてパソコンと向き合っている眼鏡の男性が、人事部雇用教育部部長である。彼は目線だけ心たちに向けた。



「人事局外からのスカウトな上に君か……新人も期待外れか?」



あからさまに嫌な顔をした部長が前のデスクの職員を顎で使い、職員は無言で立ち上がって二人を案内した。佑心は眉間にしわを寄せ、心は眉を下げた。



「こちらへ。」



部屋の左端にある小さな応接間の椅子に座ると、職員は紙とペンを出して無愛想に言った。



「記入を。」



佑心が紙を引き寄せて、名前と年齢だけ書いた。次の欄には「希望所属、パージ能力」と書かれていて、その欄に来て佑心の手が止まった。心が隣から助言をした。



「所属は執行局執行部でいいよ。一条さんから話は聞いてるし。あと、パージ能力だけど……」


「あー、もしかして六種類あるって言ってた?」


「そうそう!自分が出した光って、何色だった?」



佑心は青白い魂に触れた時のことを思い出した。



「赤、かな……?」


「じゃあ、そこに有り(赤)って書いて。それで終了!」



佑心は言われた通り、書き終えるとペンを置いた。



「無能がよく先輩面できたものだ。」


「え?」



職員がぼそっと呟いたのを佑心は見逃していなかったが、職員は何事もなかったかのように話を進めた。暗く影を落とす心の口元が佑心の奥に見えていた。



「こちらがこれからの流れになります。候補生の間は雇用教育部の預かりになりますが──」


「あの、さっきなんて──」


「分かりました。ありがとうございます。佑心、行こう。」



職員にイラついた様子で重ねた佑心の言葉を、さらに心が遮った。心は職員が佑心に差し出された資料をかき集め、早々に部屋を出ていく。佑心からは一度も顔は見えなかった。佑心は困惑した様子でついていったが、。 二人の背中に部長の嫌味な視線が刺さった。






部屋を出てすぐ佑心はイラついて尋ねた。



「舜、今の態度何だったんだ?無能とか聞こえたし……」


「僕のせいで、君まで色々言われちゃってごめんね。」



心は弱って眉を下げて笑った。



「舜のせい?何の話だ?」



心は廊下の反対側にもたれかかって天を仰ぎ。一息ついて話し出した。



「あの人たちの言ってたことは正しいよ。無能っていうのは僕のパージ能力のこと。僕は執行局にいるけど、パージ能力がない。見えるのはゴーストだけで、他の人のパージ能力は見えすらしない。おかしいよね。自分でも分かってる。それでも、僕は松本さんに救われてここにいることを選んだから……」



懐かしむような清々しいような顔をして、心は松本に言われたことを思い出した。記憶の中で、今よりわずかに若い松本が心に力強く話しかけていた。



「パージ能力がなくてパージャーを諦めた人、ゴーストに恐れて生きていく人をたくさん見てきたが、君はきっとそんな彼らの光になれる。」



心はその記憶を心の中で噛み締めた。佑心は優しく微笑み、心の肩に手を置いた。心は驚いて佑心を見上げた。



「舜、お前、見かけによらずやるな。」



佑心はニヤッとした。心は肩透かしをくらって目が点になった。



「え?何だよ見かけによらずって!」


「いい意味だよ、いい意味!」



佑心はずっと面白そうに笑っているが、心はジト目を向けた。佑心はふっと優しく微笑んで、片手を上げた。



「よろしくな、舜センパイ!」


「あ、うん!」



二人のハイタッチの音が真っ白な廊下に響いた。

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