第9話 魔法使いメルファ

 成り行きで冒険者稼業までやることになったが……むしろ楽しみだな。

 だが、同時にこの国の腐りっぷりを目の当たりにして複雑な心境だ。救世主パーティー【ヴェガリス】の一員としてモンスターと戦ってきたが、敵はそれだけではないというのが身に染みて理解できたよ。


 クラン村へと戻ってきた俺とミレインは、フレディ村長をはじめとする村人たちにリゾムを荒らした元凶を倒したことを報告。みんな喜んでくれたが、町はまだまだ仕切り直しをしたばかり。以前のような明るい雰囲気へ戻るには少々時間がかかるだろう。


 そのため、俺とミレインは農家兼冒険者としてこの村に腰を据えるつもりでいると伝える。


「そいつはありがたい!」

「デレクさんがいてくれたら心強いよ!」


 ここ最近は何かと物騒だというのは共通認識らしく、悪党を倒せる力を持った俺とミレインの滞在は喜ばしいとのこと。フレディ村長は「本当にそれでいいのか?」と気遣ってくれたのだが、ここへ残るという判断は【ヴェガリス】を抜けた時から決めていたのでむしろ既定路線というヤツだ。


 村人たちへの報告を終えると、次に向かったのは教会だ。

 シスター・グレイスに無事を報告するという目的もあるが……同じくらい重要視しているのはあの謎の少女メルファの正体についてだ。


 教会へ到着すると、シスターとメルファは花壇の手入れをしていた。

 声をかけるより先に気配を感じ取ったのか、シスター・グレイスが振り返って大きく手を振る。


「おふたりとも! 無事に戻られたんですね!」

「ああ、心配をかけたな」

「この通り、無傷での帰還ですよ」

「よかったですぅ……」


 シスター・グレイスは胸に手を当てて安堵のため息を漏らした。その後ろでは相変わらず表情をまったく変えないメルファがジッとこちらを見つめている。

 俺はそんなメルファに近づいていき、ポケットから例の指輪を取りだした。

 すると、こちらが要件を話す前に彼女が口を開く。


「加護の魔法がちゃんと発動してあなたを守ってくれたみたいね」

「っ!?」


 この子……今、加護の魔法と言ったか?


「加護の魔法って確か、一部の特別な人しか扱えない魔法では?」

「……使えるのはこの国の国教であるギランス教のシスターだったな」

「そ、それって!? でもどうして!?」


 動揺するシスター・グレイス。

 無理もない。

 加護の魔法を習得できるのはアルダイン王都にあるギランス教の大聖堂で十年以上シスターを務め、その中でも特に資質があると認められた者のみ。それなのに、なぜ十歳前後の幼い少女が身につけているのか。


「君はギランス教の関係者だったのか?」

「うぅん」


 メルファは首を横へ振った。

 違うというなら……一体どうやって習得したんだ?

 それについて尋ねると、意外な答えが返ってきた。


「本で読んだから」

「えっ?」

「暇な時に教会の書庫にある本を読んで、その中にこういう魔法を使える人がいると知って、やってみようって思っただけ」

「「「…………」」」


 思わず顔を見合わせる俺たち。

 関連書物をチラ見しただけで最上位に位置する魔法を身につけたというのか?

 だとしたら……この子はとんでもない大物になるかもしれない。

 どうしたものかと立ち尽くしていたら、メルファに袖を引っ張られた。

 

「な、なんだ?」

「私に魔法を教えてほしいの」

「お、俺が?」

「うん。だって……魔法を使ったでしょう? この感じだと、たぶん雷系の初級魔法。きっとその剣にまとわせて戦ったと思う」

「っ!」


 何もしていないのにそこまで分かるのか……これは間違いなく本物だな。


「し、師匠……この子って魔法の才能が――」

「凄まじいな。末恐ろしいとはまさにこのことだよ」


 メルファ自身はピンときていないようだが、恐らくこれほど若くして桁外れの才能を持った魔法使いはそうそういないだろう。だからこそ、俺みたいな半端者に教わるより、きちんとした教育機関で学ぶべきだと思った。


 俺は王立学園の編入試験を受けてみてはどうかと提案してみたが、


「や」


 たった一文字で拒絶された。

 その後も説得を試みたが、すべての提案を「や」のひと言でスルーされる。最終的に、


「私はデレクから学びたい」


 これが決定打となり、俺は彼女の師匠になることを約束した。

 ――ただ、俺もこのままでは引き下がらない。


 弟子入りの条件として、俺は彼女を質問攻めにした。

 そこから何か情報を得られるかもしれないと思ったのだが、相変わらず何ひとつとしてハッキリしたことは分からず。

 でも、ひとつ真実が発覚した。

 メルファは……記憶喪失であった。


 気がついた時には教会の前に立っていたらしく、それよりも前の出来事はまったく覚えていないらしい。

 

 記憶を失った凄腕の若き魔法使い。

 何やら危険な香りが漂ってきそうではあるが、こうなると放っておくわけにもいかず、記憶を取り戻す手伝いもしてやろうと考えた。

 

 しかし、戦闘に役立つから、属性魔法はひと通り扱えるようにはなっているけど……どこまで教えてやれるか。

 まあ、そのうち物足りなくなって学園への編入を希望するかもしれないし。その頃にはレンスロー第二王子が掲げる学園の指導改革が実現し、より健全な学び舎になっていればいいんだけどね。


 ともかく、こうして俺に新しい弟子ができたのだった。

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