第2話 故郷のクラン村

 馬車を乗り継いで約一週間。

 商業都市ベルノに到着すると、そこから出ている魔導鉄道に移動手段を変更。乗客の少ない辺境領地ダイザー地方行きに飛び乗ってさらに乗り継ぐこと二週間ちょっと。


 長い道のりを経てたどり着いたのが、俺の故郷であるクラン村だ。


「うわぁ……あの頃と変わっていませんね」

「まったくだな」


 遠くに見える牧草の山。

 ゆっくりと回る風車。

 レンガ造りの家屋。


 アルゴたちのパーティーに合流する際、ミレインを迎えに来たのがこの風景を見た最後だったな。あれからもう数年経っているが、この牧歌的な雰囲気はひとつも変化していない。


 小川の上にかけられた石橋を渡って村へ入るが、どうやら小麦の収穫時期だったらしく、みんな忙しそうにしている。

 だが、小さな村によそ者が入り込んだとなったら目立つので注目を集めるのは時間の問題であった。


「おぉ!? もしかしてデレクか!? それにそっちはミレイン!?」

「ご無沙汰しています、フレディ村長」

「お久しぶりです!」


 真っ先に声をかけてきたのは村長のフレディさんだった。


「いやぁ、驚いたよ! 特にミレインはえらい美人さんになって!」

「えっ? ミレイン?」

「それにデレクだって!?」

「帰ってきたのか、あのふたりが!」


 来訪者の正体が俺たちだと分かると、それまで警戒心のあった村人たちの態度は一変して歓迎ムードへと変わる。これもまた田舎特有の動きだな。


「それより今日はどうした? 救世主パーティーは?」

「もう俺たちの役目は終わりました。しばらくこの村に滞在し、今後の身の振りを考えようと思っています」

「そうだったか……それなら、おまえさんは自分の家を使うといい」

「まだあるんですか?」

「当然だ。いつでも元の生活ができるよう、村人たちで掃除をしたり補強をしたり、以前の形をキープさせていたからな」

「村長……」


 クラン村の人たちの優しさに、思わず目頭が熱くなる。

 これも年のせいかな……最近はなんだか以前より涙もろくなった気がするよ。


 みんなの優しさに浸っていたらあっという間に我が家へと到着。


「おぉ……本当にあの頃と何も変わっていない」

「だろう? そうだ。変わっていないといえば、ミレインが住んでいた教会も昔のままになっているぞ」

「えっ? それじゃあ、シスター・グレイスもお元気なんですか?」


 シスター・グレイスとはミレインの暮らしていた教会を運営していたシスターさんだ。

 王都にある大聖堂から国教をより深く国民に浸透させるため、各地の教会に派遣されてくるらしいが、ここは辺境も辺境のド田舎なのでシスターひとりだけなのだという。

 あの当時はまだ彼女も見習いを卒業したばかりの新人シスターさんだったが……もうかれこれ数年経っているし、今は二十代半ばくらいの年齢になっているはずだ。


「会ってくるか? きっと彼女も喜ぶぞ」

「もちろん、そのつもりです。なあ、ミレイン」

「当然ですよ!」


 ここが俺の家なら、教会がミレインにとって実家のようなものだ。

 それに、彼女はシスター・グレイスを実の姉のように慕っていたからな。思わぬ形で再会できると知って嬉しそうだ。


 俺たちは村から少しだけ離れた位置にある教会へと移動する。

 こちらもまた何ひとつ変わっていなくて安心だ。

 さらに近づいていくと、花壇に水やりをしている修道服に身を包んだ女性を発見。


「シスター・グレイス!」


 俺が声をかけるよりも先に、ミレインが走りだしていた。その声に気づいた女性が振り返ると同時に、ミレインは勢いよく抱き着く。


「えっ!? ミ、ミレインさん!?」

「はい! 戻ってきました!」

「まあ、そういうわけですよ」

「デレクさんまで!?」


 突然の来訪に驚きまくるシスター・グレイス。事前連絡とかまったくなしだったからな。そういうリアクションにもなるか。村人たちも似たような感じだったしね。

 それから俺たちは教会内にある応接室へと場所を移し、救世主パーティーを抜けてクラン村へと帰ってきた経緯をサラッと話していく。


「アルゴという人は……本当に救世主なのでしょうか」

「どうだろうな。救世主パーティーとはいえ、国が指定する条件をクリアし、それから面談を受けて合格すれば称号が与えられるってくらいだからそこそこ数はいるんだよ。だから、中には本当に人々のために戦おうという正義感の強いパーティーもあるのだろうが……少なくともヤツらは常に私腹を肥やすことと性欲を発散させることにのみ頭を使っていたからな」


 魔族による被害が深刻だからとはいえ、いくらなんでも救世主って言葉を安売りしすぎだよなぁ、この国。


 そんなことを考えながらシスター・グレイスの淹れてくれたコーヒーを飲んでいると、突然ガチャと部屋のドアが開く。


 何事かと思って振り返ると、そこには十歳前後の幼い女の子が目をこすりながらドアを開けて立っていた。


「メルファ? お昼寝から起きたのね」


 シスター・グレイスは少女をメルファと呼び、慌てて駆け寄る。顔立ちや髪の色など似ていない部分が多いから親子ってわけじゃないんだろうけど……一応聞いてみるか。


「その子……まさか、君の娘か?」

「っ!? ち、違います! 私はまだ男性と子どもができるような行為は――あっ」

「む?」


 いかん。

 聞き方がまずかった。

 余計なことを喋って顔を真っ赤にしているシスター・グレイスになんて声をかけたらいいのやらと悩んでいたら、


「っ!?」

 

 教会の外に気配を感じた。


「師匠……近いですね」

「ああ。モンスターではなさそうだが、お祈りに来たってわけでもなさそうだ」

「えっ? えっ?」


 俺たちの言葉の意味が理解できずに慌てふためいているシスター・グレイスに対し、俺はただこれだけを告げた。

 間違いなく、教会に何者かが近づいてきている。

 おまけにひとりではなく複数だし、ヤツらは教会内にいても感じ取れるほど強烈な悪意に満ちていた。神に祈りを捧げるためにやってきたというにはあまりにも殺伐としすぎている連中だ。


「メルファと一緒にこの部屋で待機していてくれ。……どうにも厄介な連中に目をつけられたらしい」

「私たちがいる時でよかったですね」

「ああ。不幸中の幸いってヤツだな」

「それに、ちょうど長い移動生活で体がなまっていたところです。いいウォーミングアップになりますよ」


 ミレインも、迫ってくる者たちの悪意を感じ取ったらしい。

 どこの連中かは知らんが、まずは話を聞いてみることにしよう。

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