11エピローグ ずっといっしょにいよ
生徒会長は早々に決まった。あの演説の次の朝には、あくまくんの名前に当選の赤の花がつけられていた。
あくまくんは、戸惑っていた先生方に対しても、公約に沿った、考え方やクラス指導などについての方針をまとめた改革案をしっかり用意して提出した。
先生たちはその内容に論破されて、ついにあくまくんの方針に押し切られた。
その日一日、先生の説得や新生生徒会の準備であくまくんは忙しくしていた。
でもあくまくんの頭はきちんと整理されている。
一番大事な予定を生徒会終わりの時間に設定していた。
あくまくんはてんしちゃんを教室に待たせていた。
2年生の教室は3階。
あくまくんが生徒会を終えて階段を上がっていくと、しんとした冷たい空気が流れてきた。3階にあがってみると、屋上の戸が開いている。
あくまくんは察して、教室ではなく、屋上に向かった。
「てんしちゃん。」
てんしちゃんは、屋上の手すりにつかまってぼうっとしていた。
屋上、秋冬の夕暮れ、紫ベリー色の空。
てんしちゃんは冬服にタイツの姿だ。
てんしちゃんから反応がないので、あくまくんは近くまで行った。
「てんしちゃん寒くない?教室にいてって言ったのに。」
「うん。」
てんしちゃんはぼうっと応えた。
「どうだった。僕の演説。」
「よくわからない。」
てんしちゃんはぼうっと応えた。
あくまくんは、てんしちゃんの反応にはてなとした。
すると、てんしちゃんが、どこか知らない景色をみているかのように遠くを見ながら、やはりぼうっと、こんな言葉をだした。
「わたしかなしいの。」
あくまくんは、すぐに考えついた。みさやさんのことなどがあってすぐだ、落ちこんでいるんだろう。
「みさやさんのこと?そうだな、教科書の詩にあったかな、‘その環境にいてのその子なんだよ。そこから摘み取ったら、その子の生彩は失われてしまう。’って。中等部の今まで、てんしちゃんの環境はみさやさんだったんだね。確かに、つられたようにてんしちゃんいつも明るかった。でもさ、僕がいるよ、てんしちゃん、ずっと笑顔だった前の前から、そしてこれからも。これからは、僕の元で、僕による、僕だけの、てんしちゃんでいればいいよ。みさやさんていう環境は成長過程のものだけに過ぎなかったんだ。みさやさんは一過性。将来、僕と一緒になることが完成形なんだから。だから、過ぎ去っていくものに悲しまないで。」
後ろから、てんしちゃんをあくまくんは抱きしめる。
「わたし、やさしいせんせいになりたくて、」
またぼうっとてんしちゃんが言う。
あくまくんはほほえましそうに笑って、その言葉に対してこうささやいた。
「てんしちゃんは、何にも怒ったことがないよね。どんな事にも言い返したことがないよね。みてた?僕の演説の時の先生たち、なにもできなくて。てんしちゃんは困った子がいたとき、ちゃんと先生できるの?そんな大変なお仕事、てんしちゃんはしなくていいんだよ。でもね、大人にはならないとね。てんしちゃん、もうそのわっかは必要ないよ、子供の知育おもちゃだ。僕が大人用の新しいわっかをあげる。」
あくまくん、取り出してみせたのは、一点ダイアの婚約指輪。
それに対しててんしちゃんは、今度は少し考えてから、静かに言った。
「怒る必要ないの、分かってもらうことが大切だから。言い返すことはしないの、それもひとつの個々の主張だから。そういう子がいてもいいの、ただ、その子が集団の中で自分らしさを失うことなく、それでいて、自他との間で、折り合いをつけて生きてゆける、その手伝いをやさしくできるようになることが、せんせいなんだと思って目指しているの。わたし、大人じゃないんだ。ちいさいときからのこのわっか、愛着があって手放せなくて。大人って難しいね、わたし、なりたいのは、大人じゃなくて、やさしいせんせいなのね・・・」
あくまくんは言葉を失って、てんしちゃんをじっと見た。その目には、羨望と嫉妬と、せり上がるいとしさにくさ。
なんておとなびた答え。
そうですか。
そう、じゃあ、てんしちゃんは大人にも先生にもならなくていい。
僕の‘お嫁さん’に・・・
―あくまくんは・・・、てんしちゃんのわっかをとりあげました。
「?、なんで、いじわるするの?」
てんしちゃんが振り返ってあくまくんを見、首をかしげました。
あくまくんはシニカルに笑って言いました。「てんしちゃんが、僕にやきもちをやかせてとりあげさせたんだよ。てんしちゃんがいじわるなんだ。」
「こまったなぁ。」
てんしちゃんは首をかしげたまま言いました。そんなてんしちゃんを、しばらくだけ楽しげに見ていたあくまくん、次にはこんなことを言い出しました。
「じゃあ、交換。」
「え?」
「てんしちゃんの大切なわっかと、僕の持っているこの綺麗なわっかを交換しよう?たからものの交換。僕たち一番の友達でしょ?まあ、交換した時点で僕たちは友達以上になるけど。」
「こう、かん?」
そうそう、それでいいんだよ、いつものふわふわしたてんしちゃんで。
あくまくんは、もう今のてんしちゃんの言葉を承諾として、とりあげたてんしちゃんのわっかは自分の頭上に、婚約指輪はてんしちゃんの左手の薬指にはめてしまいました。
てんしちゃんははてな、と指輪を動かしてみようとしましたが、てんしちゃんの指にはまった指輪はあら不思議、きつくしまってもうとれません。でも、‘あくまくん’とはいえ、さすがに魔力でどうとかではありません。手を握ったときに、大体指のサイズを測っておいて、少し小さめのサイズをオーダーメイドで用意しておいたのです。
動かないと知った指輪がはまった指を見つめ、また、ぼうっと、てんしちゃんが言いました。「わたしかなしいの。」
あくまくんも首をかしげて言いました。
「何が悲しいの、てんしちゃん。僕なら解決してあげられるかもしれない。」
僕らはもう友達以上、なぐさめてあげるときには、キスだって。と、あくまくんはてんしちゃんの顔に近づきました。
その時てんしちゃんがぼうっと言いました。「かなしい・・・あくまくんは友達なのに、わたし、きらいになっちゃって、」
―ぐさーっ。あくまくんの胸に‘きらい’がささった。
「な、何を言って?てんしちゃん?」
てんしちゃんはうつむいて、前髪が顔を隠した。
「しってた。なんとなく。わたしのまわりのひとを遠ざけているの。ゆうせんせいも、まわりのみんなも、きっと、みさやちゃんのことも・・・・・あくまくん、が、なにかしちゃったんだ、って。」
さー。あくまくん、頭の血が一気に引けた。
「抽象、的すぎるよ、てんしちゃん。何を根拠に・・・」
「前までずっと一緒だったじゃない。総合的に見てきて、友達だもの、分かることもあるよ。」
「総合・・・的に・・・」
おかしい、てんしちゃんからわっかをとりあげても、答えがしっかりしている。
あくまくんは、頭上のわっか内のデータを探ってみた。
すると、内容は初等部3年生程度で止まっていた。
つまり、それから後は自力で、考えたり、勉強したりしてきたらしかった。
あくまくんは今気がついた。
今ここにいるのは、‘ふわふわかわいい知恵遅れのてんしちゃん’じゃなくて、ふわふわはまとったままだけどそこにはいつしか品を含み、経験を地道に着実に積んできた、中身、思慮のある、レディのてんしちゃんだ。
ちいさいころからのかわいさとはまた違ったいい知れない魅力。
それを知ったあくまくんはカミナリに打たれたかのように瞬間ピシっと背すじがのびた。
てんしちゃんに見通されている。
この期に及んでは、真摯な態度で紳士に接しなければいけない。
バカにしていた。でも、僕のほうが、大人の真似だけしている、子供だった?
姿勢は正したものの、あくまくんはてんしちゃんに対してなんと弁解したらいいものか、言葉を失って青ざめていた。すると、
「大人かあ、」
てんしちゃんが指輪のはまった指を見てそう一言つぶやいた。
今しかない。今しかつけいれられないと、あくまくんはその一言をつかんだ。
「そうだよ。どんなことがあっても、大人は先に進むために、物事を解決していかなければいけない。過去にきずがあっても、前に進まなきゃ。人には未来があるんだ。人は学ぶし、良くなれる。」
てんしちゃんに祈るように、あくまくんは胸に両の手を組んで、渾身の理屈を言った。
「そうだね。」
てんしちゃんが顔を上げて、ほほえんだ。
あくまくんは、ひとまずてんしちゃんのいつものほほえみが見られて、ほっとする。
でもどこかかなしげで、薄倖にしてうつくしい。
「わたし、大人にならなきゃいけないんだ。」
てんしちゃん、自分に言い聞かせるかのようにそう言って、ぼうっとから、視点をはっきりさせた。そしてこう言った。
「子供のころの夢は、みんなの、みんなにやさしいせんせいだったけど、ちょっと路線変更しないといけないみたい。わたし、大人になって、責任とって、あくまくん専属見張りせんせいになることにする。これ以上あくまくんの行動でかなしい被害をださないために。」
ん?それって、じゃあ、でも、ええと、あくまくんは理解半端、ぽかんとする。
そんなあくまくんに、てんしちゃんは今度は両手を広げた。
「‘ビジネス’。わたし(せんせい)の言うことは絶対だからね。いいこで、悪いことしないのよ。」
あくまくんはそれではた、と理解しきった。「てんしちゃんは、僕を、きらいになっちゃって。でも、ビジネス、なら、お嫁さん?」
てんしちゃんは困ったようにほほえんでうなずいた。
自分の演説にかなった論だ。くるっと応用されてこれからの関係性をつきつけられた。
あくまくんは自分で言ったことだ、きゅうの音もでない。
それはちょっとさみしい。なんても、言えない。
これに関しては自分の演説の欠点がちょっと見えた。
でも、でも、あくまくんは、全部を振り切るように、手を広げるてんしちゃんにしがみつくように抱きしめた。
もう、今までの悪いこと全部を見透かされていて、きらいとまで言われて、ふられてしまうと思っていたから、ずっとずっとこの手にだけ入ることを横目にじりじり願っていた花だ、それよりだったら、なんでもよかった。
「大切にするから!悲しいのもいつか、なくなるように!きらい、なのも、いつか、忘れるように!」
今てんしちゃんは僕の腕の中に。
条件付きだけどてんしちゃん自身も承諾した。
僕だけのもの。
あくまくんは、そして、もう一度、てんしちゃんにキスをしようとした。
すると、てんしちゃんがいきなり、すぽん。あくまくんの頭上のわっかを、あくまくんの首元まで下げた。
ん?なに、これ。とあくまくん。
「おあずけです。」
あくまくん、その言葉を聞いて一瞬停止。そして何かを言おうと口を開いた。が、のどをのみこんだ。‘わたし(せんせい)の言うことは絶対だからね。いいこで、’とのてんしちゃんの言葉がよぎった。
「おあずけ?」
首元のわっかが揺れる。
これじゃあまるで、首輪だ。
「僕もうがまんできない!てんしちゃん僕のものなんでしょ!」
あくまくんは、あのちいさいときてんしちゃんからわっかをとりあげたとき以来に、感情を最大あらわにして言った。
一方、てんしちゃんは冷静だった。
「学生は、貞淑、勤勉、慎ましく。です。いいこは我慢します。」
正しいだろう。正しいだろうけど。
「こんなのって!」
あくまくんが、顔を紅潮までさせて反論しようとする。
「せんせいのいうことが聞けませんか?‘ビジネス’、やめる?その時はこの指のわっかもとってね。びくともしなくて痛いの。わたしは我慢してるけど。」
てんしちゃん、困ったようにほほえむ。
あくまくん、ぐっとまたのみこんで、涙目になって、今見たらなんて非力だろうと思えるように八重歯を口にちいさくのぞかせながら、
「そんなあ。」
と幼く言った。
その後はもう、しょぼん。すっかり落胆して、キスはあきらめた様子のあくまくん。
「いいこです。」
てんしちゃん、にこっと、あくまくんにごほうび、可憐な笑顔を見せた。
‘ずっといっしょにいようね’
あくまくんがてんしちゃんのわっかをとりあげました 水上透明 @tohruakira_minakami
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