嘘とブラフで神を騙って世界と心中する。私魔法なんて使えないけど。
棗ナツ(なつめなつ)
序章
「みんな、落ち着いて!」
この世界に神など居ない。
「一斉に倒れた人は、私がなんとかする!」
この世界に運命など無い。
「私は救世主!皆を救う為にやってきたのだから!!」
この世界に救世主など居ない。
「実は私、魔法を使えて!
だから、みんなを助けられるのよ!!」
この世界に魔法など無い。
―――故に、私はヒーローになる。
「お願い…………!!生き返って……!!!」
仕組まれた
「がんばれ……!!」
「蘭世様!!お願い……!!!」
「どうか、神のご加護を……!!」
神など居ないのに、人々は
「戻ってきなさい………!!みんな………ッ!!」
そして、神聖なる魔法の掌―――正確にはその手に隠されたアドレナリンの注射器―――の力により、倒れていた者たちは息を吹き返す。
「はぁ…………はぁ…………」
「わたし…………助かったの…………??」
「俺………まだ生きてていいんだ………!!」
一斉に倒れた10人ほどの者たちは、生き返ったと同時に、驚きと感謝を口にする。
『おおおおお!!!!!』
それは、何も知らない民衆から見れば、「美しき少女が魔法の掌で命を救った」ということに他ならない。
―――全てを知る私から見れば、「恣意的に起こしたアナフィラキシーショックを、用意していた
『聖女様!!女神様!!蘭世様!!』
そして民衆は、いとも簡単に私を神と認識する。
それは、これまでサブリミナル効果とマインドコントロールで彼らに暗示をかけていたことの、大きな成果。
「そう!私は神そのものなのです!!神が創りし救世主なのです!!」
こんなの嘘だ。ハッタリだ。
―――しかし。
サブリミナル効果を捩じ込んだ私の曲を聴き。
マインドコントロール話術を用いた私の動画を見て。
全てが計算された私の演説を聞いて。
さらに先ほどまでのライブで興奮状態にある彼らにとって。
…………これ程までに気持ちの良い
結果。
『蘭世様最高!!蘭世様万歳!!!』
―――いとも簡単に、私を崇拝する
◇
「信者共が単純すぎて笑える」
ステージから降りた私は、楽屋にあるチープなパイプイスに座り、ひと息つく。
「私の掌の上で踊らされてることに、どうして気付けないの?」
煙草代わりに口に咥えた棒付きの飴玉が、舌の上で踊る。
「テメーがえげつない事してるからじゃねぇのかよ?」
しかしその棒付き飴玉は、口を挟んできたぶっきらぼうな男によって、強引に回収されてしまう。
「私のコーラ味返せ」
「お前自分で言っただろ?私が太らないように監視してって」
「でも飴玉1つくらい変わんないでしょ」
「それを認めたらなし崩し的に食べ始めるだろうが」
「築のバカ。アホ。おたんこなす」
「教祖様にしては語彙が小学生だな」
「人間のゴミ。脳カラ。ゾウリムシ以下の存在」
「何で俺そんなディスられなきゃいけないの?ただ蘭世がカリスマで居る為に体型管理してるだけなんだが?」
そして彼は、私が頬張っていた飴玉を口に含むと、カリッと噛み潰した。
「あーーーーもう最悪」
「残念でした〜」
「ふん。どうせほとんど価値なんて無いし」
「強がんなって」
「けれど、私の覇道の為の犠牲になるなら。
このクソみたいな飴玉にも価値が生まれるはずよ」
「………まぁな」
そうして私は、中身が消えた飴玉の袋を見つめる。
私は、
東京の基準なら、きっとそこらへんにいる普通の天才なのだろう。
けれど私が育った北陸のド田舎に限れば。
そのレベルの天才は―――化物と同義になる。
そんなものだから、私は崇められて育てられた。
親、兄姉、親類、教師、同級生、子供、大人。
その誰もが、宇賀神蘭世という存在に畏怖し、崇拝し―――そして、利用した。
親類からしたら、自慢話の対象。
教師からしたら、教育実績の一つ。
同級生からしたら、勉強面の便利屋。
先輩からしたら、都合の良い鬱憤の捌け口。
後輩からしたら、都合の良い尊敬の対象。
そんなふうに、皆が私のことを利用する。
だから、天才の私は気づいた。
―――天才じゃない私には。
中身の、フラットな私には、誰も興味が無いと。
条件付きの愛し方しかされていない私には、無償の愛など信じられなくて。
私が挫けた瞬間に、今受けている愛は消滅するだろうと。
そして、見事に。
私が挫けた時、全ての愛は色を失った。
―――故に、私は誓った。
無償の愛を叫ぶ神など、この世に存在しない。
真実の愛が実る運命など、この世に存在しない。
そもそもこの世界なんて、ゴミだ。
この世界に生きる人間なんて、ゴミだ。
だから、いっそのこと。
世界巻き込んで、世界と一緒に死のう。
日々見える手首からの赤い涙。
日々目にする大腿の黄色いマンゴー。
日々絞める、シルバーの首輪のライン。
日々開ける、身体中の穴とピアス。
その自傷のラインナップの中に、世界を加えて。
私を利用した奴らや、私を馬鹿にした奴らを殺した後。
私も一緒に、死にたい。
けど、私には力が無い。
戦場を駆けるスピードもスタミナもない。
だから、言葉の力を使う。
世界の救世主として、嫌いな神とやらを自称し、人々を先導して扇動する。
教団と呼べるような「私の為に動く組織」を作り、世界を目茶苦茶にする。
そうして、自らの手を汚すことなく、世界をブチ壊す。
ああ、なんて美しいのだろう。
嫌いなものを全部殺して、最後は元凶の私が自殺してゲームクリア。
TRPGなら、これ以上の終わり方はない。
物語なら、これ以上の結末は無い。
「おい」
そんな夢想をしていれば、また若い男の声が聞こえる。
「また物思いに耽ってたのか」
彼はDJでもやってそうな恰好―――ダルダルの原色パーカー、前後逆の野球帽、首元のヘッドホン―――で、私に文句を言ってくる。
「私は教祖。あんたは異教徒。うっさい黙れ。下手すりゃ奴隷」
そんな彼に、私はいつも通り中指を立てる。
「まーた韻踏んで。ラッパーの血が騒いでんな」
「………ラップもどうせ私の計画の一部でしかないけどね」
「そういう割には100万再生だぞ?」
「耳心地の良いフロウ、中毒性のあるライム、何回聴いても飽きないビート、極めつけは無意識下に挿し込んだ暗示。
…………これは私が凄いんじゃなくて、ただ理論的にバズを創り出しただけ」
「お前の才能じゃねぇのか?」
「才能じゃない。私は努力の才能しか無かったタイプだから」
「謙遜すんなよなァ………
ま、そういう所があるから俺は蘭世の計画に付いてきたんだが」
「なら早く私の教団に改宗しなさい」
「絶対に嫌だ。俺が消えたら誰がお前のストッパーするんだ」
「別に要らないって言ってるじゃん」
「いいや必要だ。
俺が―――
「どうせ私、全てが終わった後に絞首刑で死ぬつもりなんだけど」
「首絞め性癖も行くとこまで行くとこうなるんだなァ」
塚井間築。
その名の通り私の使い魔―――ではなく、私の共犯者と言うのが正しい。
最初の関係性は、大学時代の友人。
次に、前述の通り私が世界破滅の計画を考え付いて動き始めた際に、唯一且つ爆速で気付いたキモ野郎。
今は、その考えに賛同し、アドバイスをしながら、私の様々な活動を裏で支える調整役かつ右腕。
その癖、私に全く魅了されないゴミカス。
「そもそも築はなんで私に堕ちない訳」
「俺は外面繕った人間は大嫌いなんだよ」
「ぁ゙ぁ゙ん?」
「自覚はあるだろ?
徹底した体重管理、体型管理。
人前で立つ時の声色も声量も全部計算。
やることなすこと全てが偽善で打算。
終いには100万かけて整形したと来たもんだ。
―――全部、創り物じゃねぇか」
ほら、こういうふうに。
この男は、私の痛い所をなりふり構わず衝いてくる。
本当に、気に入らない。
けれど。
今私の近くにいるのは全てが崇拝者だから。
この男は、とんでもない価値がある。
だから、私はこんな不届き者を右腕として扱い、こうして横に据えている。
―――ああ、まただ。
私は、他人を打算で考える。
他人を、私の人生に於ける価値でだけ捉える。
そんな私の事は嫌いだけど、どうしようもない。
打算的な接し方しか、私は知らないから。
「なぁ」
黒い思考にまた覆い尽くされそうになっていると、私よりもラッパーじみた男が、イスの前に屈む。
「イバラのお姫様よォ」
そして、王子様みたいに片膝を床に付けると。
………そっと、私の涙を指で拭う。
「どうせ、復讐に呑まれた今のお前には届かねぇんだろうけどさ」
私の双眸を見つめ、その奥にある脳髄へと語り掛けてくる。
「外面繕った人間が大嫌いってのは、その奥にある
一瞬だけ目を細め、微笑んで。
また築は、いつもの適当な調子に戻る。
「さぁ、戦おうや」
彼の顔は見えない。何故なら向こうを見ているから。
「俺だって。
―――蘭世の為に、世界ブッ壊してやる覚悟だよ」
「…………」
私の顔は彼には見えない。
でも、絶対見せたくない。
復讐の為に己の奥底に沈めた、ある感情が。
ふと、爆発してしまいそうになるから。
嘘とブラフで神を騙って世界と心中する。私魔法なんて使えないけど。 棗ナツ(なつめなつ) @natsume-natsu
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