嘘とブラフで神を騙って世界と心中する。私魔法なんて使えないけど。

棗ナツ(なつめなつ)

序章


「みんな、落ち着いて!」



この世界に神など居ない。



「一斉に倒れた人は、私がなんとかする!」



この世界に運命など無い。



「私は救世主!皆を救う為にやってきたのだから!!」



この世界に救世主など居ない。



「実は私、魔法を使えて!

 だから、みんなを助けられるのよ!!」



この世界に魔法など無い。




―――故に、私はヒーローになる。



「お願い…………!!生き返って……!!!」



仕組まれた一人芝居マッチポンプに、人々は湧き上がる。



「がんばれ……!!」

「蘭世様!!お願い……!!!」

「どうか、神のご加護を……!!」



神など居ないのに、人々はわたしの力に縋っている。



「戻ってきなさい………!!みんな………ッ!!」



そして、神聖なる魔法の掌―――正確にはその手に隠されたアドレナリンの注射器―――の力により、倒れていた者たちは息を吹き返す。



「はぁ…………はぁ…………」

「わたし…………助かったの…………??」

「俺………まだ生きてていいんだ………!!」



一斉に倒れた10人ほどの者たちは、生き返ったと同時に、驚きと感謝を口にする。



『おおおおお!!!!!』



それは、何も知らない民衆から見れば、「美しき少女が魔法の掌で命を救った」ということに他ならない。



―――全てを知る私から見れば、「恣意的に起こしたアナフィラキシーショックを、用意していた治療薬エピペンで治した」 だけだとしても。



『聖女様!!女神様!!蘭世様!!』



そして民衆は、いとも簡単に私を神と認識する。

それは、これまでサブリミナル効果とマインドコントロールで彼らに暗示をかけていたことの、大きな成果。



「そう!私は神そのものなのです!!神が創りし救世主なのです!!」



こんなの嘘だ。ハッタリだ。




―――しかし。


サブリミナル効果を捩じ込んだ私の曲を聴き。


マインドコントロール話術を用いた私の動画を見て。


全てが計算された私の演説を聞いて。


さらに先ほどまでのライブで興奮状態にある彼らにとって。


…………これ程までに気持ちの良い幻想はない。




結果。





『蘭世様最高!!蘭世様万歳!!!』




―――いとも簡単に、私を崇拝する組織しゅうきょうが出来上がる。










「信者共が単純すぎて笑える」



ステージから降りた私は、楽屋にあるチープなパイプイスに座り、ひと息つく。



「私の掌の上で踊らされてることに、どうして気付けないの?」



煙草代わりに口に咥えた棒付きの飴玉が、舌の上で踊る。



「テメーがえげつない事してるからじゃねぇのかよ?」



しかしその棒付き飴玉は、口を挟んできたぶっきらぼうな男によって、強引に回収されてしまう。



「私のコーラ味返せ」

「お前自分で言っただろ?私が太らないように監視してって」

「でも飴玉1つくらい変わんないでしょ」

「それを認めたらなし崩し的に食べ始めるだろうが」

「築のバカ。アホ。おたんこなす」

「教祖様にしては語彙が小学生だな」

「人間のゴミ。脳カラ。ゾウリムシ以下の存在」

「何で俺そんなディスられなきゃいけないの?ただ蘭世がカリスマで居る為に体型管理してるだけなんだが?」



そして彼は、私が頬張っていた飴玉を口に含むと、カリッと噛み潰した。



「あーーーーもう最悪」

「残念でした〜」

「ふん。どうせほとんど価値なんて無いし」

「強がんなって」

「けれど、私の覇道の為の犠牲になるなら。

 このクソみたいな飴玉にも価値が生まれるはずよ」

「………まぁな」



そうして私は、中身が消えた飴玉の袋を見つめる。






私は、宇賀神うがしん蘭世らんぜは、天才だった。

東京の基準なら、きっとそこらへんにいる普通の天才なのだろう。


けれど私が育った北陸のド田舎に限れば。

そのレベルの天才は―――化物と同義になる。



そんなものだから、私は崇められて育てられた。

親、兄姉、親類、教師、同級生、子供、大人。

その誰もが、宇賀神蘭世という存在に畏怖し、崇拝し―――そして、利用した。



親類からしたら、自慢話の対象。

教師からしたら、教育実績の一つ。

同級生からしたら、勉強面の便利屋。

先輩からしたら、都合の良い鬱憤の捌け口。

後輩からしたら、都合の良い尊敬の対象。



そんなふうに、皆が私のことを利用する。

だから、天才の私は気づいた。




―――天才じゃない私には。

中身の、フラットな私には、誰も興味が無いと。


条件付きの愛し方しかされていない私には、無償の愛など信じられなくて。

私が挫けた瞬間に、今受けている愛は消滅するだろうと。






そして、見事に。


私が挫けた時、全ての愛は色を失った。






―――故に、私は誓った。

無償の愛を叫ぶ神など、この世に存在しない。

真実の愛が実る運命など、この世に存在しない。


そもそもこの世界なんて、ゴミだ。

この世界に生きる人間なんて、ゴミだ。




だから、いっそのこと。

世界巻き込んで、世界と一緒に死のう。



日々見える手首からの赤い涙。

日々目にする大腿の黄色いマンゴー。

日々絞める、シルバーの首輪のライン。

日々開ける、身体中の穴とピアス。

その自傷のラインナップの中に、世界を加えて。

私を利用した奴らや、私を馬鹿にした奴らを殺した後。

私も一緒に、死にたい。






けど、私には力が無い。

戦場を駆けるスピードもスタミナもない。


だから、言葉の力を使う。

世界の救世主として、嫌いな神とやらを自称し、人々を先導して扇動する。

教団と呼べるような「私の為に動く組織」を作り、世界を目茶苦茶にする。

そうして、自らの手を汚すことなく、世界をブチ壊す。




ああ、なんて美しいのだろう。

嫌いなものを全部殺して、最後は元凶の私が自殺してゲームクリア。

TRPGなら、これ以上の終わり方はない。

物語なら、これ以上の結末は無い。










「おい」



そんな夢想をしていれば、また若い男の声が聞こえる。



「また物思いに耽ってたのか」



彼はDJでもやってそうな恰好―――ダルダルの原色パーカー、前後逆の野球帽、首元のヘッドホン―――で、私に文句を言ってくる。



「私は教祖。あんたは異教徒。うっさい黙れ。下手すりゃ奴隷」



そんな彼に、私はいつも通り中指を立てる。



「まーた韻踏んで。ラッパーの血が騒いでんな」

「………ラップもどうせ私の計画の一部でしかないけどね」

「そういう割には100万再生だぞ?」

「耳心地の良いフロウ、中毒性のあるライム、何回聴いても飽きないビート、極めつけは無意識下に挿し込んだ暗示。

 …………これは私が凄いんじゃなくて、ただ理論的にバズを創り出しただけ」

「お前の才能じゃねぇのか?」

「才能じゃない。私は努力の才能しか無かったタイプだから」

「謙遜すんなよなァ………

 ま、そういう所があるから俺は蘭世の計画に付いてきたんだが」

「なら早く私の教団に改宗しなさい」

「絶対に嫌だ。俺が消えたら誰がお前のストッパーするんだ」

「別に要らないって言ってるじゃん」


「いいや必要だ。

 俺が―――塚井間つかいまきずくが居なきゃ、お前は悲願を達成する前に自殺する。もしくはその前に誰かに殺される」


「どうせ私、全てが終わった後に絞首刑で死ぬつもりなんだけど」

「首絞め性癖も行くとこまで行くとこうなるんだなァ」



塚井間築。

その名の通り私の使い魔―――ではなく、私の共犯者と言うのが正しい。



最初の関係性は、大学時代の友人。


次に、前述の通り私が世界破滅の計画を考え付いて動き始めた際に、唯一且つ爆速で気付いたキモ野郎。


今は、その考えに賛同し、アドバイスをしながら、私の様々な活動を裏で支える調整役かつ右腕。


その癖、私に全く魅了されないゴミカス。



「そもそも築はなんで私に堕ちない訳」

「俺は外面繕った人間は大嫌いなんだよ」

「ぁ゙ぁ゙ん?」

「自覚はあるだろ?

 徹底した体重管理、体型管理。

 人前で立つ時の声色も声量も全部計算。

 やることなすこと全てが偽善で打算。

 終いには100万かけて整形したと来たもんだ。

 

 ―――全部、創り物じゃねぇか」



ほら、こういうふうに。

この男は、私の痛い所をなりふり構わず衝いてくる。

本当に、気に入らない。



けれど。

今私の近くにいるのは全てが崇拝者だから。

この男は、とんでもない価値がある。

だから、私はこんな不届き者を右腕として扱い、こうして横に据えている。








―――ああ、まただ。


私は、他人を打算で考える。


他人を、私の人生に於ける価値でだけ捉える。


そんな私の事は嫌いだけど、どうしようもない。






打算的な接し方しか、私は知らないから。






「なぁ」



黒い思考にまた覆い尽くされそうになっていると、私よりもラッパーじみた男が、イスの前に屈む。



「イバラのお姫様よォ」



そして、王子様みたいに片膝を床に付けると。



………そっと、私の涙を指で拭う。



「どうせ、復讐に呑まれた今のお前には届かねぇんだろうけどさ」



私の双眸を見つめ、その奥にある脳髄へと語り掛けてくる。



「外面繕った人間が大嫌いってのは、その奥にある人間性おまえを愛してるってことだぜ」



一瞬だけ目を細め、微笑んで。

また築は、いつもの適当な調子に戻る。



「さぁ、戦おうや」



彼の顔は見えない。何故なら向こうを見ているから。



「俺だって。

 ―――蘭世の為に、世界ブッ壊してやる覚悟だよ」






「…………」



私の顔は彼には見えない。

でも、絶対見せたくない。








復讐の為に己の奥底に沈めた、ある感情が。

ふと、爆発してしまいそうになるから。

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嘘とブラフで神を騙って世界と心中する。私魔法なんて使えないけど。 棗ナツ(なつめなつ) @natsume-natsu

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