第19話 見つけた紛失物
急にファッションショーが始まったり、プリクラを撮らされたり。
荷物持ちを任されて全身へとへとになったり、流行りのドリンクショップに連れられたり。ひたすらに振り回され続けて、気付けばモールの外は夕方だった。
モールを出て行く車の流れを眺める。……こっから電車か。
俺は疲労感を覚えながら、免許取りてぇな、などと無為なことを考えていた。
しかしどうしてか、俺とは相反して上機嫌な月菜ちゃんの鼻歌。
「ん~、遊んだ~っ!」
軽く伸びをすると同時に夕風に靡く茶髪。シャツが微かに捲り上がり目のやり場に困った。警戒されていないということだろうが俺も男なので気を付けて欲しい。
手は既に繋いでおらず、あの浮ついた独特な雰囲気も霧散している。
「よし、夕飯の材料買って帰るわよ」
「モール内でちゃちゃっと買えばいいだろ」
「バカ、割高なの。生活費を貰ってる以上、節約しないと。親のお金だからって湯水にように使ってたら、将来の金銭感覚が狂うじゃない?」
一ノ瀬家は案外お金持ちの家系である。両親が海外勤務ともなれば、その給料は中々に目を瞠る額らしい。ただし月菜ちゃんは上手にやりくりしているようだ。
家事を一任されているからこそか、伴う責任感も成長しているのだろう。
もしも俺だったら両親に甘え切っていただろうことは想像に難くない。
「ほーん、そういうもんか。良い奥さんになれるな」
男女平等時代、男も最低限の家事育児の参戦はしないとだが、それにしたって月菜ちゃんは突飛抜けている。俺は素直に尊敬し、感嘆の言葉を口にした。
「で、でしょ。私ってパーフェクトだから」
ぽしょぽしょっと髪を耳にかけながら言い切った月菜ちゃん。
何気ない会話を交わしながらバス停で待っていると突然月菜ちゃんが呻いた。
視線の先を追い掛けてみれば、俺も頬をひくつかせてしまった。
茶髪。黒髪。濡羽色。金髪。四人の男女グループ。
ただし割合は一対三。個々人で絡む分にはまだいいがあの集団になると異様な熱が生まれるので、どうにも苦手意識がある。向こうはまだこちらに気付いていない。
動こうにもダイヤ的にバスがもう数分で到着する。
が、恐らく彼らも俺達と同じバスに乗り込んで来るだろう。
まだ距離はあるが、見られれば確実に話し掛けられる。殊更日向は余計な勘繰りをしてくるに違いないし、月菜ちゃんの苛立ちが止め処なく積み上がるだろう。
「ひーくんが可愛いって言ってくれた服、買ってみたから!」
「そっか。なら今度しっかり着て見せてくれ。試着の時も似合ってたし」
「――ふーん、それなら私の方がより魅力的だったと思うけれど?」
「いやいや! 待って欲しいっす! どう考えても私です!」
傍え聞きのような状態になっていた。平常運転な会話。
ハーレム集団が日向を取り合い、本人は曖昧な態度で場を濁す。俺とて決断力が鈍い自覚はあるが、あれだけ囲われておいて濁せる胆力は真似できない。
……映画館で手を握られたことを思い出し、深呼吸。
モール内で彼らと遭遇しなかったことは幸運だった。良くも悪くも、あとは帰宅するのみだ。購入する物や見たかったイベントは一通り済んでいる。
「真にい、バスの時間変えよう。吐き気がする」
「……いいのか? この後だと三十分くらい間できちまうぞ」
「いいわよそのくらい。どーせアイツらに掴まったらもっと時間取られるし」
「ま、それもそうだな。……わかった、遅らせるか」
俺が呟き交じりに首肯すると「ありがと」と一言。
さっきまであれだけ上機嫌だったのに、疲労困憊な様子だ。
列を抜け、俺達は彼らとは逆方向に歩を進める。テスト期間は既に終わっており、帰宅しても特段すべき事項もない。多少遅れたって何も構わないだろう。
「――ほい。水でよかったか?」
近くの自動販売機で購入した冷水を月菜ちゃんに差し出す。
五月もそろそろ終わる。水分補給が重要になってくる時期だ。
日向らが乗り込んだバスが出発するのを待ち、再度並び始めた俺達。日向と月菜ちゃんの険悪な関係性を鑑みれば、衝突させない方が得策だったはずだ。
「お金渡す」
「そんくらい気にすんなよ」
「……お言葉に甘えて」
財布を肩掛けバッグから取り出そうとしていた月菜ちゃんを制止。
たかだか百円程度の水だ。お金を徴収しようとは思わない。
「最悪。せっかく楽しい一日だったのに」
「日向らがいる可能性も考えとけばよかったな」
「……それは嫌。アイツの影響で私が行動を制限されるなんて。だったらアイツの方が部屋から出てくるな~って感じ。……ほんと、何が良いのかわかんない」
血の繋がった妹だからこそ、見えてくる日向の醜悪さか。
他人からすればイケメン、運動神経抜群、成績優秀と非の打ち所がない超人。
持て囃され、歓声を浴び、スポットライトを全て我が身に向けさせる。
されど月菜ちゃんにすれば優柔不断でキモい奴、といった評価。俺としてもどちらかといえば月菜ちゃん寄りの意見なので、態々訂正するつもりもなかった。
「あんなの絶対に上手く行くはずがない。崩壊するに決まってるわ」
「俺もそう思う。幼馴染としては誰かとさっさとくっついて欲しいんだが」
「それはそれでアイツと結ばれた子が可哀想。独り身がお似合いよ」
ペットボトルの蓋を開け、中身をぐいっと呑み込む月菜ちゃん。
少々男らしい大胆な動きに、思わず笑ってしまいそうになる。
「なに笑い堪えてるのよ。あぶっ」
後ろから強めの突風。月菜ちゃんが体勢を崩した。
位置関係的に、自然と俺の腕の中にすぽりと嵌る形になった。華奢な月菜ちゃんの身体。香るシトラスの香水。否応なく女子っぽさを覚えてしまう。
――数秒後。抱きしめるような姿勢を取ってしまっていることに気付いた。
お互いの視線がぶつかる。紅潮した頬。吐息する届く距離。
思わぬハプニングに俺と月菜ちゃんは飛び跳ねた。
「す、すまん。転ばないように支えるつもりが!」
「わ、わかってるから! わかってるから大きな声出さないで恥ずかしい!」
「おぉおう、そうか。そうか。……本当に他意はない、ないから」
「…………ん」
顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまう月菜ちゃん。
これは臍を曲げてしまったかと、俺は頬を掻いた。気心知れた仲とはいえ完全にセクハラだ。不可抗力だったが、抱き締めるなんて嫌悪されても仕方ない。
謝罪しようとあれこれ策を練っていると、
「……怒ってない。ちょっとびっくりしただけ」
顔は背けたまま視線だけ俺に寄越した。どうやら本当に怒ってはいないらしい。俺は胸を撫で下ろした。ただし、セクハラまがいのことをしたのもまた事実。
「それでも、すまん。今度詫びさせて欲しい」
「…………なら、また一緒に出掛けて。それでチャラ」
「そんなことでいいなら。荷物持ちは任せてくれ」
「あとクレープ奢って。アイスもセットね」
「ああ、勿論だ。……?」
俺は首肯しながら、違和感を抱いた。抱きしめてしまった衝撃で、月菜ちゃんの肩提げバッグの留め具ボタンが外れ、中が丸見えになってしまっていた。
告げようとしたが、それ以上の強烈な違和感。
気付く。
財布。ポーチ。スプレータイプの制汗剤。ハンカチが二枚。ハンカチが二枚重なっていた。一枚は華やかな女性物。もうひとつは紺色のハンカチ。間抜けな犬がプリントされた生地だ。
そうだと決まったわけじゃない。
あくまでも可能性の段階。
(……あれ、俺のじゃね?)
―――――
あとがきが苦手な方もいらっしゃると思いますので手短に。
拙作をお読み下さり、誠にありがとうございます。
まずは御礼申し上げます。皆様の温かなご支援のお陰で長らくランキング一桁に入ることが出来ています。フォローや☆、私自身へのフォロー等、心から感謝しております。コメント返信遅れて申し訳ございません。全て目を通しています……!
ここまでで第一章完結となります。次話からは第二章へと移ります。
体育祭や、失せ物の謎等、徐々にではありますが物語を進め、皆様の暇潰し程度にはなれるような作品作りを努めて参りますので、これからも何卒宜しくお願い申し上げます。結局、長文になってしまいましたが、この辺で失礼します!!
※モチベーションになりますので、☆やフォロー等頂けますと幸いです。
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