第5話 一ノ瀬月菜という少女

 一ノ瀬月菜について少しだけ語らせて欲しい。


 お隣に住む少女。一ノ瀬日向の妹にあたる存在だ。

 今年の春に高校生になったばかりの一年生である。俺、日向、梨花、そして月菜ちゃんは幼馴染という関係性にある。その縁は切れることなく今も続いていた。


 兄である日向が容姿端麗であるのだから、月菜ちゃんも同様だ。

 高校生活がスタートして一か月程度にも拘わらず、彼女の存在は既に全校中を駆け巡っている。もはや一ノ瀬兄妹の名を知らぬ者はこの高校にいないだろう。

 

 日向よりも更に明るめの茶髪はボブカット。

 朗らかな笑顔が大人気だともっぱらの噂だった。


 お洒落に目覚めるのもはやく、ファッションセンスに長けている……らしい。らしいというのは、俺が家では精々がスウェットの衣服に無頓着な男が故に分からない世界だからだ。そもそも、月菜ちゃんは化粧せずとも素がずば抜けている。


 中学時代はややあどけなさを残していた顔立ちも、琥珀色の目や整った耳鼻から大人っぽさを感じるようになった。ひとつしか違わないのに、昔からの付き合いだからかどうにも、それこそ家族のような視点で見てしまうことがある。幼馴染という位置関係でなければ、俺も他の男子たちよろしく盛り上がっていたに違いない。


 パーフェクト男、一ノ瀬日向の妹である月菜ちゃんもまたパーフェクトだった。

 ただし、兄妹仲は終わっているという表現が生ぬるいほど終わっている。


 記憶を遡ってみれば、小学生の頃から一ノ瀬兄妹はギスギスしていた気がする。反抗期のソレかと思ったが、どうにも違うらしい。修復不可能説が色濃い状態だ。

 理由は月菜ちゃんの口から聞いているが、納得している俺がいた。


『優柔不断というか、考え方が無理』


 以前聞いた時、そんな回答が返ってきた。

 とどのつまり、ハーレムを構成している兄が気持ち悪いようであった。

 男の俺としては羨ましさがないといえば嘘になるが、女子の月菜ちゃんからすれば――殊更血の繋がった妹からすれば嫌悪の対象となるのも致し方ないことである。 


 ……日向は日向で色々と考えているだろうが、わからねぇ。

 クズ男じゃあないが、優柔不断な面があることは否定できない。

 一応親友の身としては刺されないことを祈るばかりだ。

 

「っとと、このクラスか」


 思案に耽っていると、目的のクラスの前に到着した。

 ひょこっとクラスを覗いてみれば――いた。友人に囲まれていた。

 廊下側の席ということもあり声を掛けようと思えば余裕の距離。


 一年生たちはまだ高校生活が始まって一か月ちょっと。部活や勉強、それこそ友人関係など、慌ただしい日々だと思う。特に友人関係は今後三年間を彩る重要なファクターだ。月菜ちゃんと仲良くなりたい気持ちはよーくわかる。去年の俺、よく頑張った。日向と繋がろうとする女子軍団をよく捌いた。俺、マジ頑張った。


 クラスをじっと覗いていると、彼女を囲んでいたひとりと視線がぶつかる。

 お互い知らない相手。しかも女子ということもあって、やや気まずい沈黙。

 やがてその微妙な空気感を破ったのは俺だった。


「一ノ瀬さんって子、いる?」


 少し近づいてきた彼女にだけ届く声量で尋ねた。

 普段は月菜ちゃん呼びだが、相手は初対面の女子。下手に慣れ慣れしい感じを出して薄気味悪いと思われないよう、苗字+さんで切り出してみた。

 

「……いますけど、なにか?」

 

 どうにも口調に棘があった。想像するに、こういった呼び出しは多いのだろう。それこそ一か月で有名人になる月菜ちゃんだ。この女子生徒からすれば「またかよ」ってなところに違いない。しかも友人だろうから、そりゃあ厳しい口調にもなる。

 

 大方、月菜ちゃんを困らせるなといった心境だと推測。

 これが日向なら一年生たちは盛り上がっていたかもしれない。

 月菜ちゃんとしては歓迎できない相手だろうが。


「あー、日向、一ノ瀬さんの兄から頼まれてスマホ届けにきたんだ」


 そういってポケットから俺がスマホを取り出すと女子は大きく頷いた。

 ついで「え!? 日向さんの友人ですか!?」と目をキラキラさせた。想像はしていたが日向人気が留まるところを知らない。一瞬で警戒を解かれてしまった。

 

「今朝からスマホ忘れたーって月菜ちゃん困ってたんですよ~」

「そうだったんだ。日向も多分困ってると思うって言ってたよ。……外せない用事があるからって俺が任されたんだ。なんかわるいね、急にお邪魔しちゃって」

「いえいえ! ぜんぜんぜんぜん!」


 ほどよく会話を合わせる。日向に外せない用事なぞないが。

 

「おーい、月菜ちゃーん!」


 要件を伝え終えると、女子生徒が月菜ちゃんを手招きで呼ぶ。

 その声に反応した月菜ちゃんが、ゆっくりと首をこちらに向けた。


「お兄さんの友達がスマホ届けにきてくれたよ!」


 制服姿は何度も見たことあるが、高校で話すのは初だ。

 月菜ちゃんと視線がぶつかると――途端にぱぁっと顔を明るくさせた。

 かと思えばガタっと席から立ち上がり、こちらに向かってくる。


「真にい! 嬉しい! 届けにきてくれたの!?」

「まぁ日向に頼まれたからな。あと真にいはやめろ、学校だぞ」

「えー、いいでしょ。私と真にいの仲なんだし」


 途端にざわめく一年生集団。そりゃあそうである。

 こういう展開を避けようと思って俺はわざわざ一ノ瀬さん呼びをしたのだから。元々俺は目立つのが嫌いだ。だというのに月菜ちゃんはお構いなしだった。

 高校だぞと注意してもどこ吹く風といった様相。


「俺が目立つの嫌いって知ってるだろ」

「知ってるわよ、でも真にいは真にいじゃん?」

「あのなぁ」


 お前らがどれだけ有名か分かっているのか、巻き込まれる身にもなって欲しい。具体的には紹介してくださいとか紹介してくださいとか紹介してくださいとかッ!


 俺が苦言を呈そうとすると月菜ちゃんがこてんと首を傾げた。

 そして、とんと一歩だけ俺に近づき耳元で吐息混じりに囁いた。


「ふたりっきりの場所なら目立たないよね?」

「……ったく、そういうことじゃないし。つかもうおせぇし」

「知ってる。ま、気にしたら負けなのよ!」


 月菜ちゃんの肩越しに、俺達を見てコソコソ話す生徒らの姿が見えた。

 あ、そういえば。俺と一ノ瀬月菜の関係について語っていないことがあった。

 日向を嫌っている反動か、俺は月菜ちゃんに懐かれている。


 それこそ本当の兄のように。

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