第51話 裏切り

とある日、負傷兵をのせたトラックのようなものが、荷車ではないが、村へ迷い込んだのだった。

 村人は、その負傷兵の一人に話を聞いて仰天した。敵国側の人間たちだったのだ。


「そのまま殺してしまえ」


 そういう人もいた。主に男性側の意見だ。

 だが、中には、「同じ人間、結局は捕虜だろう、手当してやれ」という人もいた。

 ジェームズは、その敗残兵を見て冷たい目をした。この中の誰かが、息子を手にかけようとしたのかもしれないのだ。そう考えると、ジェームズは助ける気になど到底なれなかった。

「うちで一人ぐらいなら、助けてあげましょうよ」と言い出したのは、エステルではなく、マトローナだった。

『手当ののちはすみやかに捕虜として、近くの村の捕虜収容所に行くこと』の紙にサインをした人のみ、命を助けてもらうことが許されることとなった。

 こうして、シモンと名乗る青年の一人・・・本人の言い分では17歳・・・が、フォーリーン家の空いている一部屋で、匿われることになった。

 兄のジェルヴェより年の若いシモンに、マトローナだけでなく、エステルもまた同情した。同情しなかったのは、ジェームズだけだった。

 ジェームズは、時折、病室で楽しそうに笑いあう二人の姿を見ては、そっとその場を離れることが多々あった。


 結果、パンタナルの村は、敗残兵の裏切りによって、壊滅することとなる。

 シモンが裏切った兵のうちの一人だったかは、確かではない。騒ぎに乗じて逃げただけかもしれない。敵側の元気な兵に密告したのが彼だったのか、彼の仲間だったのか、それすらわからない。

 ただ、パンタナルの村は、兵の放った火に包まれ、用事で村を2~3時間ほどあけていたジェームズは、帰宅して、家族が切り殺されているのを見て、絶句した。

 村には、生き残っている住人もいた。剣術や魔法が使える戦える戦闘員は、村には残っていなかった。ジェームズを残して。彼は魔法はイマイチ使えなかったが、剣術なら並ぶ者のないほどの腕前だった。

「君たちは逃げなさい!!」とジェームズは叫び、家の中から古い昔愛用していた剣をつかみ、表に出た。逃げ惑う人をかばい、敵の兵に立ち向かう。

 敗残兵の呼んだらしい新手の敵・約30~40名は、炎の中、次々とジェームズに斬り殺された。やがて、勝てないと悟った相手の兵たちは、散り散りに逃げていった。

 返り血をぬぐい、ジェームズは迫りくる火の中、茫然と村の中、立ち尽くしていた。

 愛していた大切な者を奪われ、失い、なすすべもなく、何もする気がおきなかった。

 泣くのは後にしよう・・・天に召されてから、思い切り泣こう。そう思った。そして、静かにその場に膝をついた。

『立ち上がれ』と、その時上から声がした。

 上を見上げると、一人の女性らしき変な格好をした人がいた。

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