第15話 中編

「や、やめて、やめて……」

 室内に凛ちゃんの呻き声と、男たちの罵声、そして殴られたり蹴られたりする鈍い音が室内に響き渡る。

 私は俯きながら耳を塞いで、ただボロボロと涙を流しながら「やめて」と、か細い声で繰り返すことしかできない。

 凛ちゃんが酷い目に遭っているのに、私は怖くて動けない。

 私のせいなのに――。私が捕まってしまったせいで、凛ちゃんはこんな目に――。


「おれを、殺したいんだったら、殺せばいい……。けど、彼女は……、幸希だけは……たすけてくれ……。このとおりだ……」


 突然、微かに聞こえてきた凛ちゃんの泣いているような声に、私は顔を上げた。

 私の目に、望月さんの前でボロボロになった凛ちゃんが土下座をしている。

「あははははっ!!!男がこんくらいで泣いてんじゃねぇよ!!!」

 凛ちゃんの頭を、望月さんは嘲笑しながら踏みつけた。


 ――男のくせに泣くなよ!


 望月さんの姿と、いじめっ子の大貴くんの姿が重なる。


「たのむ……。ゆきを、たすけてくれ……」


 凛ちゃんは泣きながら懇願している。


 ――やめてよぉ。

 

 子供の頃と同じように、凛ちゃんは泣いている。しかし、それは許しを請うものではなく、私を助けようとする言葉だ。


 助けなきゃ。


 ――やめなさいよ!


 子供の頃、私はいじめられて泣いている凛ちゃんを見た時、そう思うより先に身体が動いていた。


「やめてください!」


 私は立ち上がって、望月さんの背中に向かって叫んだ。

 

「おい!大人しくしろ!!!」

 後ろにいる男が私の両肩を掴んで怒鳴る。それも構わずに、私は「やめてください!お願いします!」と叫び続けた。


 すると、望月さんはゆっくりと振り返り、苛立ったように私を睨みながらこちらへ詰め寄って来る。

「――やめろ!望月っ!やめてくれ!!!」

 凛ちゃんは立ち上がって、望月さんに飛び掛かろうとする。しかし、彼を取り囲んでいる男の一人が「暴れんじゃねぇよ!」と言って、彼を床に抑え込んだ。


「何だよ、お嬢さん。俺に何か文句でもあるのか?」

 望月さんは、右手で私の首を掴んで、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。

 そんな彼に、私は恐怖心でガタガタと震え出した。

 殺される――。

 私はこの状況をどうにかしなくてはならないと、必死に思考を巡らせた。


 ――お前、アタマをどこに隠した?


 そう言えば、望月さんはそんなことを凛ちゃんに訊いていた。


 ――最近、どこぞの怒りんぼのヤクザが『アタマはどこだ?』って訊いて回ってるらしいんですよ。


 もしかして、田中くんの話は、このことを指しているのだろうか。


「……か、亀」

 私は一か八かで言葉を絞り出す。

 それに対して望月さんは「あぁ?」と眉間に皺を寄せながら凄む。私はその顔を見て、一瞬怖気づきそうになった。

「アタマを、探してるんですよね?それなら、アタマは亀が隠してるって……」

 私は声を震わせながら、何とか言葉を紡いだ。そして、どうにかこれで解決してほしいと祈った。

「はあ?亀ぇ?」

 しかし、望月さんたちはゲラゲラと笑い出した。


 ダメだ。やっぱり、田中くんの話と望月さんの話は関係なかったか……。


 私は絶望感で目の前が真っ暗になった。

「わ、私が知ってるのは、それだけです……」

 私は嗚咽を漏らしながら泣き出す。

 殺される。私も、凛ちゃんも、この人たちに殺されてしまう。


「お願いします……。凛ちゃんを助けてください……。な、何でも、します……。何でもしますから……、凛ちゃんを、助けてください……」


 私は泣きじゃくりながら懇願する。

 すると、望月さんは突然何かを思い出したかのように、眉をひそめた。

「まさか……」

 今度は焦ったような表情になったかと思うと、目がキョロキョロと泳ぎ始める。

 周りの男たちも、「亀って……」と何かを口々に話し始める。

 そして、私の首を掴んでいる手にどんどんと力が籠っていき、私の頸動脈を圧迫する。私は苦しさから望月さんの手を引き剥がそうとするが、敵わない。

 望月さんの顔は、見る見るうちに怒りへと変わっていった。


「あの野郎、ハメやがったな!!?」

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