第15話 前編

 望月の子分たちに取り囲まれながら、俺はあいつの事務所へ向かった。

 事務所に入ると、望月会の連中二十人余りが勢ぞろいで待ち構えていた。

 望月はソファの上で踏ん反り返りながら、俺を見るなり「早かったな」と言う。

 その隣には、望月に肩を抱かれた幸希が、身体を縮めて座っていた。幸希は真っ青な顔を、恐る恐る俺のほうに向ける。

 彼女の怯え切った目を見た瞬間、俺は怒りで身体が震えた。

「その汚い手をどけろ」と、心の中で吐き捨てる。


 望月はおもむろに立ち上がると、俺のほうへ詰め寄る。

 ソファに一人残された幸希の後ろには、子分が二人ぴったりと張り付いている。

「……ちゃんと来てやったぞ。彼女を解放しろ」

 俺は、今にも殴り掛かりたくなる衝動を抑えるので必死だった。

「そいつは、できねぇなぁ。あの女を解放しちまったら、お前はどころか、ここにいる全員を殴り飛ばしかねないからな」

「口を割る?」

 俺は眉をひそめる。


「お前、アタマをどこに隠した?」

「……アタマ?」

 

 俺は望月の言葉に困惑する。

「何の話だ?」

「とぼけんじゃねぇよ。お前が隠してるのは知ってるんだぞ」

 望月は呆れたように笑う。それは、俺が嘘を吐いていると確信を持っている様子だ。しかし、俺は全く身に覚えがない。

「アタマ」とは、何の話だ?

 

「お前、何か勘違いしてるんじゃ――」

 そう言いかけた瞬間、俺の顔に強い衝撃が加わり、身体が床に叩きつけられた。

 遠くで幸希の小さな悲鳴が聞こえる。


「……もう一度聞くぞ。アタマをどこへやった?」

 頭上で望月のうなるような低い声が聞こえる。

 床に倒れた俺は、ゆっくりと起き上がる。すると、ボタボタと床に鼻血が垂れた。遅れて、左の頬にジンジンと痛みが走る。

「……っ、だ、だから、……知らねぇって」

 俺は手で鼻を抑えながら、立ち上がろうと膝を立てる。

 すると、前屈みになった俺の腹を、望月は思いっきり蹴り上げた。

「うがっ――!?」

 俺はその衝撃で後ろに倒れた。息が苦しくて、思わずゲホゲホと咳き込む。


 すると、望月は俺の腹を踏みつけた。

「おっかしいなぁ。、あの女を人質に取れば、すぐに吐くって言ってたんだけどなぁ」

 望月はじわじわとめり込むように、俺を踏んでいる足に体重を掛けていき、俺は圧迫感と激痛で呻き声を上げる。

 高嶺?大貴のことか?どうして、望月の口から大貴の名前が?

 

「それとも、あれか?お前、目の前であの女がめちゃくちゃにされてもいいのか?」

 

 望月の言葉に、俺は血の気が引いた。

「や、やめろ……。ゆきに、てをだすな……」

 腹を踏まれているせいで上手く息が出来ず、声を発するのもやっとだ。

「だったら、さっさとアタマの在処を吐けよ、ゴラァ!!!」

 望月は俺を踏んでいた足を上げ、その足で俺の横腹を蹴り飛ばした。俺はその衝撃で、うつ伏せの体勢になる。

 すると、俺を取り囲んでいた子分たちが「吐けよ、クソガキ」と罵声を浴びせながら、代わる代わる俺の身体を蹴り飛ばしたり踏みつけたりする。

 俺は体中に激痛が走り、鼻だけでなく口からも血が噴き出た。


 くそ、こんな奴ら、俺なら簡単に返り討ちにできる。

 しかし、そんなことをすると、幸希の身に危険が及ぶかもしれない。

 俺は、幸希を人質に取られている以上、望月に手出しができない。

 望月の言う「アタマ」とは、一体何のことだ?

 おそらく、望月は何かを勘違いしているのだろうが、それを指摘しても全く聞く耳を持とうとしない。

 幸希だけでも何とか逃がしてやりたいが、体中の痛みと衝撃からくる脳の揺れのせいで頭が上手く回らず、何の策も思いつかない。


「……し、知らない。俺は、本当に、何も知らない……」

 子分たちからの暴行が止むと、俺は床にうずくまりながら、懇願するように「知らない」と繰り返す。

 望月は俺の髪を掴むと、思いっきり引っ張り上げて、無理やり俺の上体を起こした。

「はははっ、いい気味だな。お前みたいな強情な男がこんだけボロカスにやられても、やり返さないなんてな。そんなにイイ女なのか?」

 望月は俺の顔を覗き込みながら、ゲラゲラと嘲笑する。

「高嶺から聞いたぞ。お前、ガキの頃、あいつにいじめられてピーピー泣いてたらしいな。仕舞いには、あの女の後ろに隠れて、ブルブル震えてたんだって?案外、一途な奴だなぁ。ガキの頃惚れた女に、今もゾッコンってわけか?」

 

 やはり、高嶺というのは大貴のことのようだ。

 あいつと望月にどういう接点があるのか知らないが、俺をいじめていたことをベラベラと喋る辺り、あいつの性根は未だに腐っているようだ。


「本当は、俺だって誘拐なんて手荒な真似はしたくなかったんだぜ?最初は、酒に薬でも混ぜて眠っている間に、恥ずかしい写真でも撮ってお前を脅すつもりだったんだよ。写真をばら撒かれたくなかったら、白状しろってな。お前はあの女にベタ惚れだから、その程度で吐くだろうって、高嶺は大口叩いてたって言うのに。思っていた以上に、あのお嬢さんのガードが固くてな。あの野郎、しくじりやがった」

 望月はそう言うと、俺の髪を掴んでいた手を放し、俺は床に倒れ込んだ。

 

 望月の話を聞いて、俺は合点がいった。

 大貴が幸希に近づき、最終的に襲おうとしたのは、俺を脅す餌にするためのようだ。

 そして、大貴が失敗したから、今度は幸希を誘拐して人質にしたらしい。

 俺のせいだ。

 俺のせいで、幸希は大貴に襲われ、望月に誘拐された。

 俺のせいで、幸希を傷つけてしまった――。


「た、たのむ……」

 俺は息も絶え絶えになりながら、上体を何とか起こす。

「あ?何だよ。話す気になったか?」

 俺を見下ろしている望月の前で、――俺は床に額を擦り付けながら土下座をした。

 

「おれを、殺したいんだったら、殺せばいい……。けど、彼女は……、幸希だけは……たすけてくれ……。このとおりだ……」

 

 耳に入ってくる俺の声が涙声だったことで、俺は自分がボロボロと涙を流していることに気づいた。

 こんなふうに泣くなんて、一体何年ぶりだろうか。


「あははははっ!!!男がこんくらいで泣いてんじゃねぇよ!!!」

 望月はゲラゲラと笑いながら、俺の頭を踏みつける。

 さらに、周りからも俺をバカにする笑い声が聞こえてくる。


 本当は、こんな奴に土下座なんて死んでも御免だった。

 だけど、幸希が助かるのならば、どんなことだってできる。

 笑われたって構わない。どんなに惨めな醜態を晒したって構わない。命だって惜しくない――。


「たのむ……。ゆきを、たすけてくれ……」

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