第14話 前編

 大貴くんに襲われた後、凛ちゃんの勧めもあって、私は三日仕事を休んだ。

 あの件について、時間が経てば経つほどじわじわとショックが大きくなり、この三日間私はずっと寝込んでいた。

 一応この件について警察に相談はしたが、大貴くんが捕まったなどという連絡はまだ着ていない。


「本当に大丈夫か?」

 店先の路肩に車を停めた凛ちゃんは、心配そうに尋ねてくる。

「もう少し休んだほうがいいんじゃないか?あいつが、……また来るかもしれねぇし」

 私が休んでいる間、凛ちゃんはずっと傍にいてくれた。四六時中ベッドで横になっている私の背中を、ずっと優しくさすってくれていた。

 しかし、その間も凛ちゃんの元には着信が頻繁に着ていた。おそらく、シノギ関係の連絡だろう。

 私がこれ以上家で塞ぎ込んでしまうと、凛ちゃんにも迷惑が掛かると思い、仕事に復帰すると決めた。

 

「ううん、大丈夫。大貴くんだってあれだけボコボコにされたら、凛ちゃんにビビッて、もうここには来ないでしょ」

 私は気丈に振る舞う。しかし、凛ちゃんは、そんな私を心配そうに見つめている。

「……なるべく様子見に行くから」

「うん、ありがとう」

 







 その日の営業は、何とか無事に終えることができた。

 正直、開店準備の時は不安のほうが大きかったが、常連客たちの顔を見るとその不安は和らいでいった。

 昼間には和住さん、夕方には田中くんが来店してくれて、「なぜ休んでいたのか?」と訊かれた。私は二人に心配を掛けたくなかったので、「風邪で寝込んでいた」と誤魔化した。


 凛ちゃんからは一時間おきに「大丈夫か?」というメッセージが届き、昼間には様子を見に来てくれた。

 そして、私と話し込んでいた和住さんを見るなり、「営業の邪魔だ」と言って追い出した。それに対して、和住さんは「酷い!」と嘆いていた。

 いつも通りの凛ちゃんと和住さんのやり取りを見て、私の中にあった不安はほとんど消え去った。




 店を閉めて店内の清掃をしていると、背後から扉の開く音が聞こえた。

「完売」の札は掛けてあるので、入って来たのは凛ちゃんだと思った。

 

「お疲れ、凛ちゃ――」

 

 私が振り向くと、そこにいたのは凛ちゃんでなく、大勢の強面の男たちだった。

「あれー?もう店仕舞いなのか。何か買って帰ろうと思ってたんだけどなぁ」

 先陣を切って店内に乗り込んできたのは、ゴリラのように筋骨隆々の大男だ。

 その大男が店内に入ると、後ろの男たちもゾロゾロと入って来る。


「えっ、な、何ですか……?」

 私は只物ではない空気を漂わせる男たちにたじろぐ。

 すると、先頭の大男が私に向かってヅカヅカと近寄ってきた。

 

「や、やだ……」

 私は身の危険を察知して、調理場へ逃げ込もうとする。


「おっと、どこに行くんだよ」

 逃げようと背を向けた私を、大男は羽交い絞めにし、悲鳴を上げようとする私の口を瞬時に塞いだ。

 私は咄嗟に藻掻いて男の腕から抜け出そうとするが、男の腕は岩のように固くて歯が立たない。

 

「大人しくしてくれよぉ。俺らだって、可愛いお嬢さんに怪我させたくねぇんだから」

 私の口を塞いでいる左手をよく見ると、小指が第二関節から先がない。

 それを見た瞬間、私はゾッとして「逃げたい」という気持ちとは裏腹に身体が固まってしまう。

 私はあまりの恐怖で全身の血が氷のように冷たくなり、嗚咽を漏らしながら涙を流した。


「安心しろよ、用があるのはのほうだから。とりあえず、あんたには、あいつを釣るための餌になってもらうだけだよ」

 男の口から凛ちゃんの名が出た瞬間、私は血の気が引いた。

 

 どうしよう。この人たち、凛ちゃんに何かする気なんだ。


「用が済んだら、俺たちといっぱい遊ぼうなぁ」

 店内に、男たちの下卑げびた笑い声が響き渡った。

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