第11話「常盤さん単体だとちょっと弱いのよね」

川越かわごえさん、今日の放課後空いてる?」


「…………」


 俺と常盤ときわが一緒に登校したその日、休み時間の度に常盤が川越に話しかけていたが、全部無視されていた。


 一応川越は常盤の方を見るものの、口を真一文字に結んで、また前を向いてしまう。


 何回目かの川越の無視を見かねたのか、川越の前の席の女子が「喉の調子とか悪いんだよね?」と川越に尋ね、川越は申し訳なさそうに頷いた。


 さっき普通に喋ってたけどな。




 昼休み、俺が売店に向かっていると、とことこと隣に小柄な女子がやってくる。


「常盤さん単体だとちょっと弱いのよね」


やぶからぼうにもほどがあるだろ。ていうか『弱い』ってなんだよ。あと喉の不調はどうした」


「弱いっていうか、作り物めいているっていうか……。あなたと一緒にいる時はキラキラに見えるんだけどね。組み合わせの妙かしら、それとも柳瀬くんが彼女を引き立てている?」


 俺の疑問質問を無視して川越は続ける。


 しかし、常盤の狙いを明確に汲み取っているとも言える。すごいのは常盤なのか川越なのか……。


「ということで、あなたたち二人のやりとりが見たいわ。例の勉強会なんだけど、あなたが常盤さんに教えて、それをあたしが観察するってことでどうかしら?」


「それだと、常盤からすると川越がいる意味がないだろうが」


「逆にあたしからしたら、あたしはそこにいなくてもいいのよ。柳瀬くんがカメラ付きのメガネをかけて勉強会をしてもらって、その動画が見れればいいのに。ねえ、持ってないの? カメラ付きのメガネ」


「持ってねえよ」


「ふーん。買ってあげようか? いくらくらいするのかしら……」


 川越はスマホで値段を調べて、


「え、安いものなら9000円で買えるじゃないの。すぐに買ってあげるわよ」


 と言ってくる。


「いや、9000円は大金だろ……。そんな金どっからポンと出てくるんだ」


「印税」


「うわあ、なんかやな感じ……。ていうか、要らないし買うなそんなもん。いやらしい……」


 俺が呆れ目で言うと、


「いやらしいの? どうして?」


 こてり、と首をかしげる川越。え、これって俺の心が汚れてる的なやつ?


「まあいいわ。今日の放課後、さっそく勉強会をしましょう。常盤さんを誘っておいてもらえる?」


「ああ、いいけど……」


 今日の今日で空いてるんだろうか。


「それにしても、6時間目が楽しみね」


 珍しくほくほくの笑顔で川越は言った。


「6時間目? なんだっけ?」


「あなた、忘れたの? あなたが頼んだのよ?」


 俺の態度に呆れたのか、せっかくのほくほく笑顔はすんと消えて、川越は半目で俺を見る。


「え?」


 なんだっけ……?






「柳瀬くんから希望があったので、今日のLHRロングホームルームは、席替えをしたいと思います!」


 学級委員、常盤美羽が教壇でにこやかに宣言した。


 ……そうだった、席替えだった。


 いや、ていうか、わざわざ俺の希望だとか言わなくてもいいだろ。そもそも俺は川越の代理で言っただけだし……と思ったものの、


「柳瀬、ナイス提案!」

「柳瀬くんって、席替えしたいとかそういう欲あるんだね〜いいねいいね〜」


 近くの席の人たちになんだか好意的な反応をもらった。常盤さんの人徳はすごい……。


「私、くじを作ってきました!」


 常盤はそう言って、くじが入っているらしい大きめの封筒を掲げる。


「それじゃあ、希望してくれた柳瀬くんから引いてもらいましょう! はい、ここに並んで〜」


「おい……」


 あまりフィーチャーしないで欲しい……と思いつつ、この時間を引き伸ばす方がいたたまれないので、俺は急いで教卓の前に進む。


「はい、どうぞっ」


 常盤が自分の胸元に掲げた封筒に教卓越しに手を突っ込み、くじを一枚引いた。


 その瞬間、「あっ」と常盤が言って、封筒が落ちる。


「あ、ごめんごめん。手が滑っちゃった」


 常盤はしゃがんで、封筒を拾って立ち上がり、


「じゃあ続き引いて〜」


 と、にこやかに俺の後ろに並んだクラスメイトたちにくじを引かせる。


「みんな引き終わったかな? 私は残り物には福があるということで……これだ!」


 最後に常盤が残った一枚を引いて、全員の席が決まった。




 その結果。


「めっちゃいい席じゃん……!」


 なんと、窓際の後ろから二番目の席をゲットしてしまった。最高……!


「じゃあ自分の引いたところに移動してくださーい」


 という常盤の号令に従って、机ごと移動した俺の隣には、なんと。


「あ、柳瀬くんの隣だっ」


「常盤……!?」


 やったぁ♪ みたいな顔をして常盤がやってきた。


 偶然というかなんというか、本当に隣になるとは。この場合、幸運な持ってるのは川越ということになるだろうか。


 などと思っていると、俺の椅子が後ろから小突くように蹴られた。


「……?」


 後ろを振り返ると、川越が片眉を上げてこっちを見ていた。


「川越、後ろなのか」


「…………」


 自分からちょっかいをかけてきたくせに、安定の無視スルー




 そのまま帰りのホームルームが行われて、放課後がやってくる。


 常盤は新しい座席表を持って職員室に行く必要があるとかで、俺と川越は校舎を出たあたりで彼女を待つことになった。


 ここでなら会話も出来そうだ。


「川越、席変わらなかったな」


「ええ、あたしは・・・・偶然でしょうけどね。まあ、気に入ってるから良かったわ。あたしみたいな陰キャでも、日の光は好きだもの。窓際族バンザイよ」


「そりゃそうだな」


 ……ん? 『あたしは偶然でしょうけどね』ってなんだ?


「それにしても、常盤さん、やっぱりあなたのことが好きなのね」


「はあ? どういうことだ?」


 俺が眉根を寄せると、もっと深く眉間に皺を寄せる川越。


「あなたのそれは鈍感なの? 気づいていないフリしてるだけ? それともただのバカ?」


「はあ……?」


「ああ、『ただのバカ』なのね……」


 川越は、こめかみに指を当てる。


「どう考えても、あの席替えは仕組まれているでしょう」


「まじで?」


「ええ、大マジよ。簡単なトリックだわ、つまり……」

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