第10話「例えば地元が一緒の堅物な男の子とだけ話すと、どうなると思う?」

 翌朝、家の最寄駅に行くと、


「おはよー、岩太がんたくんっ!」


「なんで待ってんだよ……」


 常盤ときわ美羽みうが後ろ手を組んで体を傾け、完璧なメインヒロインポーズで声をかけてきた。


「ひどいなあ。高校に一緒に行こうと思っただけなのに」


 片頬を膨らませる。これも完璧なメインヒロインの仕草だ。


「いや、だからなんで一緒に行こうと思うんだって話」


「なんでって……幼馴染だからだけど? ほんとは家まで迎えに行きたかったくらいだよ」


「昨日も思ったけど、中学からって幼馴染なのか?」


「そうだよ? 小学校の学区が違うだけで、ずうっと近くに住んでるんだから」


 そんなことを言いながら常盤は改札に入っていく。


「そうかなあ……」


 仕方なく俺もついていく。改札は別にもあるが、さすがにここでサヨナラと言うわけにもいかないだろう。


「だとして、幼馴染は一緒に登校する理由にはならないだろうが」


「そうだね、えへへ」


 くしくし、と前髪を撫でながら、完璧な照れ笑い。


「ほんとは理由なんてないよ? 岩太くんと復縁出来たのが嬉しくって待ち伏せしちゃっただけ」


「それこそそんなわけないだろうが……。ていうか復縁って」


「復縁、でしょ? 捨てられた私を、岩太くんがもう一回構ってくれるようになったんだから」


「捨ててもないし、構ってくれるようにもなってないし、それが理由とは思えないんだけど……」


「もう、本当なのに、ひどいなあ」


 しゅん……と完璧に唇をとがらせる常盤。


「……そもそも、まだ高校じゃないのに、なんで猫被りモードなんだよ?」


「猫?」


 常盤は招き猫みたいなポーズをとって「にゃん?」とか言ってくる。


 本性を知っていてもなお若干クラっとくる。ていうか別に本性が悪いわけでもないしな、こいつの場合……。


 俺の様子を見たらしい常盤は満足げに目を細めて、


「まあ、ほら、うちの高校の生徒が一個下とかで入学してないとも限らないじゃん?」


 と手の内を明かした。


「だったら、元々一人で行けば会話も発生しないだろうに」


「……いや、あのさ」


 すん、と真面目に顔をしかめる常盤。


「さすがに嫌がるムーブ長くない? いい加減しつこいんだけど」


 怖いなあ……。


 それ以上何も言えなくなった俺のカバンの紐を掴んで引っ張る。


「じゃ、一緒に行こっ!」





 きゃるんきゃるんの猫被りヒロインと差し障りない会話をしているうちに、学校の最寄駅に辿り着く。


 ここから学校までは徒歩15分。最寄駅なのに遠い。


 というか、一緒に登校してみてあらためて思うが……。


「おはよう美羽ちゃん!」

「常盤さん、おはよー!」

「ミウミウじゃん、はよー」


 みんな常盤に挨拶していくんだな!


 そこまでの人気者だってことにも驚くし、さらに、挨拶していく人たちの中でも女子の割合が多いのが、逆に好感度の高さを象徴していてすごい。


 俺は小声で、


「どうやって女子の人気を得てるんだ……?」


 と尋ねる。秘訣が気になりすぎて前のめりにならざるを得ない。


「何の話かな?」


 と一回はとぼけた常盤だが、質問する俺の本気度に気をよくしたらしく、


「女の子の嫌いな女の子ってどんな子だと思う?」


 と、笑顔で質問してきた。笑顔と内容が合ってない。


「それこそ、そういう……ぶりっ子みたいなやつが嫌いなのかなって思ってたんだけど……」


「結構言ってくれるね?」


 いひひ、と笑う。怖い。


「でも、正解。私みたいに媚びるような話し方する子は嫌われる」


「ええ、じゃあだめじゃん」


「だからこそ、それを逆手に取るんだよ」


「ほう……?」


 相変わらず純真無垢な笑顔を浮かべていてチグハグだが、内容には興味が湧く。


「媚びるっていうのは、相手に好かれたいからすることでしょ? 女の子は、『自分の好きな男の子』に媚びる女の子が現れた時に、腹を立てるんだよ。わたしの好きな人にちょっかいかけないで、って。わかるかな?」


「まあ、なんとなく」


「だから、スポーツが出来たり、イケメンだったりする、いわゆる人気者の男の子とは話さないんだ。その代わりに……」


 にひ、とはにかんだような笑顔になり、


「話す理由のある——例えば地元が一緒の堅物な男の子とだけ話すと、どうなると思う?」


 と問いかける。


「どうなるんだ?」


「『え、美羽ちゃんって、柳瀬くんのこと好きなんだ。なんか、逆に推せる……!』ってなるんだよ」


「やっと合点がいったよ……」


 要するにこいつは、高木さんとか久保さんとか、そういうポジションを取りに行ってるというわけだ。


 物語のメインヒロインになるためには、当然主人公が必要で、そういうラブコメの主人公は、イケメンや人気者じゃなく、モブみたいなやつだ。


 その役に、俺がちょうどはまっていた。


 昨日、川越のおかげで(?)彼女のいうところの『復縁』が出来たため、また引き立て役主人公として俺を早速こき使っているというわけだ。


「で、この会話は聞かれてないのか?」


「こんな笑顔でそんな話してると思われるかな?」


 好きな人と一緒にいられて心から幸せ、みたいな顔で微笑む常盤。


 俺はこいつのすべてが怖い……。






「おはよー、川越さんっ!」


 教室に到着するなり、常盤は川越のところに向かう。


「…………!?」


 川越は扉のあたりにいる俺を見て、目を見開く。


「…………!!」


 そして、常盤の横をすり抜けて、


「あれ、川越さん?」


 俺のところまでつかつかと寄ってきて、


「ぅお!?」


 俺の肘をぐいっと引っ張って教室の外に連れ出す。


 そして、隣の空き教室に入り。


「言いたいことは3つほどあるわ!」


 激昂して小声で叫んだ。


「1つ目、常盤さんに『川越に話しかけちゃだめだ』って言っておきなさいよ!」


「知らんがな」


「2つ目、一緒に登校するなら言いなさいよ! 会話を聞きたかったのに!」


「俺もいきなりだったんだよ、待ち伏せされてて」


 俺の返答になぜか川越は小さな体をわなわなさせて「ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」とか言いながら地団駄を踏む。


「それが3つ目!」


「はあ?」


「やっぱりあなたたち2人のカップリングって最高ね! 逆に推せるわ!」


「うわあ……」


 川越まで籠絡してるじゃん、すごいな常盤氏……。

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