第6話 ソードナップ

「つまり、その獅子男は別のエリアのボスだったの。

 ただフロントの想定より縄張り意識が強くて、君たちの調査したエリアにすら、その縄張りを広げようとしていた!」


「なるほど、そのタイミングで行ってしまったと……」


「そゆこと! 君を助けたのは、銃クラスの誰かさん。幸運だったね~」


「ですねー」


 所属する剣クラスギルド、ソードナップ。その拠点であるバー。

 店長兼ギルマスのメへヘラが、先日の一件の最終報告を伝えてくれている。


 あれから三日。傷は癒えた、とは言えないが至って元気だ。

 あの後、チームメンバーが謝罪にやってきた。まいったが、正直嬉しかった。


「じゃ、糸世ちゃんの借金完済を祝して! かんぱ~い!」


「乾杯。ありがとうございます」


 メへヘラは年齢不詳の謎の人で、元は境界兵ファイターだったとか何とか。

 今は陽気なバーの店主をしている。彼女?の雰囲気は以外に固定客を掴んでいる。


 その彼女が運営するソードナップは、G1二名、G2一名の超零細ギルド。

 ギルドもやってるバーと言った方が正しい。俺も暇なときはウェイターだ。


「ごめん、ごめん。おまたせ~」


 店に入ってきたのは客ではなく同僚。G1剣クラスのスタイリッシュな姉貴肌。


「ああ、夏凛さん。こんばんわ」


「糸世君~! 死んだって聞いたわよ!!」


「んん? ……いや、死亡届は十数分後に消したはずですけどね」


 夏凛さんは俺の頬をぶにーと引っ張りながら、店主にレモンハイを出させる。

 それを作りながら、メへヘラは真顔でこう言った。


「糸世ちゃんは界隈では有名だったからね~。

 いつ死ぬか、いつ死ぬかって。最早大穴狙いの輩しか、死亡に賭けないくらい」


「ええー」


 人の生死で賭け事やってる連中もいたのか。

 何というか、そこまでくると俺は人気者まであるぞ。ほんとにクソくらえだ。


「まあ、糸世君の生命力は実際凄いし、囮役に関してはプロフェッショナルだし」


 夏凛さんがレモンハイをぐびぐび飲みながら、謎の誉め言葉を送ってくれた。

 俺のこの二年の努力は、役に立つ中々死なない剣奴、という評価らしい。


 誰か、この世の中おかしいとは思わんのかね?


「それで、糸世君はこれからどうするの? 私と駆け落ちする?」


「んん? いえ、普通にここでの仕事を続けます。まだ貯金も無いですし」


「そう、残念。その顔が歪むまで、手取り足取り教えるのに」


「スパイの極意をですか? 勘弁してくださいよ」


 夏凛さんの本業は、その美貌と話術を駆使したスパイだった。

 正直、俺もこの人が本気で篭絡にくれば、ころっとやられそうだ。恐ろしい。


 夏凛さんはG1クラス。剣奴と呼ばれるG2と違って、G1は剣士と呼んで貰える。

 剣士は基本的に弱いが、古来より発達した剣術が僅かにその格を保っていた。


 達人と呼ばれるような剣士たちは、腕前一つで人望を集めている。

 剣奴と剣士には、覆らない差があるのだ。

 

 剣士は武器の効果で身体能力が高くなる。魔法は使えないが。

 けれど剣奴の扱える武器では、身体能力がほとんど強化されない。魔法は略。


「まあ、糸世君には処世術もセンスもあるし、自分のペースで頑張りな!」


「はい、ありがとうございます。あれ、夏凛さんもう帰るんですか?」


「ええ。これからデート♡」


 ああ、ターゲットの方ご愁傷様です。きっと丸裸にされてしまうだろう。

 この境界兵ファイターの都市フロントでは、情報が生命線となる。

 奪われれば地獄を見て、多くを吸い上げれば勝ちの目を見ることができる。


「……糸世ちゃん。あんたも出世したら、あの女には気を付けな~」


「……はい」


 出世する事はないだろうけど。




 俺はバーを出て、フロントの街に繰り出した。

 フロントという町は、未来的でありながら、どこか懐かしさを感じさせる。


 親父が生前、後生大事に保管していたとある漫画本。

 その漫画には八十年代の人が考える、二千年代以降の世界が描かれていた。


 その世界で描かれた未来像は、結局実現しなかった。

 しかし、数十年前に人々が想像した世界も、結局は実現しなかった。




 俺は借金を返し切り、何か言い知れない解放感と、僅かな寂しさを感じている。


 それは、親父との繋がりが、完全に切れてしまったからか。


 これからどうするか。

 夏凛さんに聞かれて、俺は内心はドキッとしていた。

 燃え尽き症候群とでも言おうか。


 これまで過酷な境界兵ファイター生活を生き抜けていたのは、親父の残した全てにケリをつけるためだった。

 

 だから死ぬほど頑張ったし、剣奴の界隈でも名が売れたのだろう。

 下手すれば同僚に殺される、剣奴という軽い命をぶら下げて俺は頑張った。 


「よく、頑張ったよな……。親父、ありがとうございました」

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