ガイドさん同席カラオケBOX

森下 巻々

(全)

   *

 ダイスケ本人から、昔聞いた話だ。夢で見たとのことだったかも知れない。

 ダイスケは音痴だった。しかし、カラオケBOXで歌うのが好きだ。人前で歌う気はあまりないのだけれど、できることならやっぱり上手に歌いたい。

 或る日、彼は繁華街の裏通りに建つ、或るビルを訪れた。エレベーターに乗って目的の階に到着し、ドアが開くと、目の前が直ぐにその入り口であった。

 ドアを開けると小さな部屋である。入り口とは反対の側にもドアがあり、その横は窓口になっている。中年の女性が坐っている。会計は、そこで行う。雰囲気は悪くない。飲料の自動販売機が一台設置されてもいた。

 ダイスケが窓口の前に立つと、坐っている女性が電話の受話器を置いたところだった。

 彼女は、

「……ガイドは、どうなさいますか」

 料金表の記載された印刷物を指し示した。

 基本的には三〇分間、小部屋を借りて歌うことができる。そして、①客一人で歌う・五〇〇円、②一〇分のガイド有り・一〇〇〇円、③一五分のガイド有り(アドバイス時間含む)・一五〇〇円、④二〇分のガイド有り(アドバイス時間含む)・二〇〇〇円、の四つから選択できる。更に、この一緒に歌ってくれるガイドさんを指名する場合は追加料金三〇〇〇円である。

 この店でガイドと呼んでいる女性たちの写真が今回は四枚あるということで、ダイスケは、その内の一人を指名した。シティ・ポップが好きらしい。そして、「④二〇分のガイド有り(アドバイス時間含む)」を選んだ。だから、二〇〇〇円と指名料が三〇〇〇円で、五〇〇〇円の支出となったのだった。

   *

 ダイスケは、指定された番号である③番の部屋に入って、ソファに坐った。

 卓の上のリモコン器機に好きな曲をセットして、とりあえず歌ってみた。

   *

 五分後、ドアがノックされ、セミロングの茶色い髪をした女性が入ってきた。使い捨てのオシボリや手指消毒剤の入った小さなカゴを持ってきていた。

 ダイスケの隣に坐る。

「お待たせしました。チサトです」

「いい声をしていますね」

「有難うございます」

「笑顔もスゴくいいですね。なんか、いいことあったみたい」

「うーん。……ってゆうか、不思議なことはあったよ」

「不思議なこと?」

「うん。……あー、でも、話してたら時間なくなっちゃうよ」

 彼女は、タイマー器機を操作している。

「じゃあ、歌はワンコーラスだけにして、アドバイスの時間は、それを話してほしいです」

「そう? 分かった」

   *

 彼女は、日焼けサロンに行っているのだろうと思われる、少し焼けた肌をしていた。ギャル系と言ってもいいかも知れない。実物を見て、びっくりした。ダイスケにはたまらなく好みなのだ。歌もチョーうまいが、彼は、今日に限っては歌は後回しだと思った。不思議な話にも興味があるし、アドバイスは次回でも良い。

「……ッでさ、さっきの話なんだけど」

「うん。不思議な話、するね。……ここってさ、窓口の部屋から、ドア開けると、左と右、両方に番号の付いたドアが並んでる訳じゃない? 私たちの休憩室なんかは、奥の突き当たりのドアの先にあるのね……」

 ダイスケは、頭に部屋の位置関係を思い描きながら聞く。

 チサトの話は、おおむね次のような内容だった。

   *

 今、この時間帯には、窓口に坐っている「ママ」のほかには、チサトを含めてガイドの女性が四人、「ツバメさん」と呼ばれる男性が一人出勤している。

 さて、この店の各部屋の壁には、内線電話が設置されており、業務連絡に使われている。

 休憩室にいたチサトに連絡がきた。③番の部屋で、客が待っているとのことである。

 そこで、彼女はいつも通り、道具の入ったカゴを持って部屋へと入った。

 しかし、客はいなかった。一度、部屋を出てドアの番号を調べた。やはり、③番だった。

 ソファの前の卓に、小さな紙袋が置いてあるのが目についていた。

 彼女は、この部屋の電話を窓口に繋いで言った。

「お客さんがいません。それと、紙袋が置いてありました」

 ママは、その紙袋を持って休憩室に戻れ、と言ったのだった。

 チサトが休憩室に戻って、しばらくすると電話が鳴った。ツバメさんが、それに出て、

「ちょっと、見てきますからね……」

 ③番の部屋に向かった。

 ツバメさんは直ぐに戻ってきた。

「チサトさん。お客さん、いるじゃないですか」

「えッ? 嘘お」

 そして、彼女は、もう一度③番の部屋へ向かったのだった。

   *

「……でねッ、ドアを開けたら、本当に、お客さんがいたの」

「お客さんッて俺のこと?」

「そうだよお」

「そう言えば、チサトちゃんが来るまでの五分くらいの間に、確かに、男の人が来たけどね。『すみません』なんて言って、直ぐドア閉めて……」

「ごめんねえ」

「でも、俺、最初からこの部屋だよ」

 ダイスケは、窓口で貰った番号札を確かめた。

「うーん 、やっぱり③番だわあ」

「そうなんだ……」

「紙袋はさあ、前のお客さんの忘れ物だろうね」

「でも、部屋を使ったら、絶対ツバメさんが確認するのね。気づかない訳ないッて言ってるわ」

「ふーん。何が入ってるんだろう?」

「ピアスが入っていたわ。ツバメさんは、貰っとけばいいって」

 ダイスケが、彼女の耳に目を遣ると、雫状の銀色のピアスが光っている。

「ピアス、好きなの?」

「うん」

「じゃあ、ツバメさんからのプレゼントじゃない? その人がトボけてるんだよ」

「でも、そんなハッキリしない物、自分のものにしちゃうの気持ち悪いし。……それに、この部屋に私が入るって、ツバメさんは、どうやって知ったの?」

「そうだなあ」

 タイマー器機のブザーが鳴ったのは、その直後であった。

   *

「思ったんだけどさあ、さっき話してた紙袋のピアス、やっぱりプレゼントじゃないかなあ」

「そうかなあ……」

「考えたら、さあ。そういうことできたのって、一人しかいないと思うんだよね」

「誰?」

「答えは、スッゴく簡単だよ」

「誰なのお?」

「ママだよ」

「嘘! ママは、そんな感じ全然ないよ」

「でも、ママだったら、店内のスタッフと客の動きを把握してるし、皆に思った通りの連絡もできるし、自ら動くこともできる。窓口だって、トイレ行くときとか、閉める訳でしょう?」

「うん、そうだけど……」

「ツバメさんが、この③番の部屋を確認した後で、ママは紙袋を置きに、一回は窓口を空けてるはずさ。全員が、どこかしらの部屋に入っているときにね。そして、その後で、チサトちゃんに、この部屋に入るように連絡する。そして、紙袋を持って出たと思ったら、直ぐに俺にこの部屋に入るように言ったのさ。まあ、ここは偶然が重なったのかも知れない。タイミング良く、俺が入ったんだよね。……ママに、お礼を言ってみたら、どうかなあ。その反応を見て、確かめてみたら?」

「うん。そうしてみるね。……まだ、本当にそうかは分かんないけど、とりあえずスッキリした感じ。有難う」

   *

 後日、ダイスケがチサトを指名したら、

「それじゃあ、やっぱり」

「うん。照れ臭くて、面と向かって渡せなかったって、言ってくれたの。ママも、ちょっと変わってる人だからなあ」

「それは良かったね 」

   (おわり)

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