第5話 「私は天才ではありません。ただ、人より長く一つの事柄と付き合っていただけです。-アルベルト・アインシュタイン-」

 俺はまだ『引力操作』を使いこなせていない。その事実に愕然とした。

 ポセダッシュは結局、あの後すぐに帰っていった。覚醒について教えるために来ただけなのだから。内容については不明な点が多いままだが。

 そして、俺達もポセダッシュが帰った後、すぐにヤクルトの家に戻った。


「ミューさん。そんなに落ち込むのはやめましょうよ。気持ちはわかりますけど」


「そうだよ!わたし、ミューさんのおかげで能力が覚醒できたんだよ!」


 ヤクルトとダカラはどうやら俺に気遣ってくれているようだ。居候の上に気遣ってもらうなんて、俺は本当に世話がかかる人間だな。

 よく考えろ、俺はもう19歳なんだ。子供じゃないんだから、人に迷惑をかけるわけにはいかない。


「ありがとう。2人とも」


 俺は、2人に向けて感謝の気持ちを口にした。


「それでなんですが。ミューさんは今、能力を応用して使用し、覚醒するのが目標なんでしょうけど、そこまで急ぐ必要はあるんですか?まだこっちの世界にきて1ヶ月しかたっていないじゃないですか」


「“まだ”1ヶ月じゃなくて、“もう”1ヶ月だ。俺は、最速で『魔王』にならないといけない。そうしないと...」


「そうしないとどうなるんですか?」


 ヤクルトは俺に強い声で問いかけてくる。どうしても聞き出したいようだ。


「俺には昔、弁護士の兄がいたんだ」


 俺は、唐突に昔あったことについて話し始めた。


「当時の俺は4歳で、兄が大好きだった。けど、兄は俺のことをただ血筋が同じだけの兄弟としか認識していなくて、俺には一切興味を持っていなかったんだ。そんな兄に、俺に興味を持ってほしくて勉強したのが、物理だった。俺は必死に勉強した。6歳になる頃には、東大の入試問題レベルの問題が解けるようになるまで学力がついた。それから、兄は少しだけ俺に興味を示すようになった。それがうれしかった」


 俺が昔のことを他人に話すのは初めてかもしれない。テレビの取材などで聞かれるのは、俺が発明したものについてだけで、俺が物理学者になった理由は言わない...否、言う機会がないからである。


「そんな中、事件は起きた。俺が9歳の時の春、兄は裁判で無罪にした被告人に57階のビルの屋上から突き落とされたんだ。即死だったって」


 ヤクルトとダカラは目の色を変えながらも、話を続ける俺の顔を見ながら、話を聞き続けた。


「なんで兄は殺されたと思う?兄を殺した犯人はこう供述した『弁護しているときの態度がうざかった』何を言ってるんだ?正常な人なら誰しもがこう思うはずだ。弁護をしてもらって、無罪にしてもらったのに、うざかったからっていう理由で恩人を殺した?」


 俺は、思い出すだけで怒りの衝動に駆られて、自分の表情が怖くなっていることに気づき、少し落ち着いてから話を続けた


「俺はこの犯人を憎んだ。でも、殺しては同罪なると思ったから、そんなことはしなかった。だから俺は、少しでも多くの人の命を助ける機構を作った。それが、無重力機構だ。あれは、高いところから突き落とされても、大丈夫なように作ったものだ」


 ヤクルトとダカラが見ていたのかは知らないが、無重力機構は、ポセイドンと戦った時に使用した。多くの人の命を守るために。それだけでなく、ポセイドンと戦った時に使用した、反作用を反射することのできる球や、人工太陽も、多くの人の命を救うために俺が作ったものである。


「俺の発明は、全て人の命を助ける為に作っていた。けど、この地界は地球とは技術が全く違う。科学よりも魔術によっている。今使っている能力だって、超能力なのか魔法なのか分からない。だから、地界ではそんな発明が出来ない。だから俺は、『魔王』になって名を広げて、直接的に人を助けることにした。だから早く魔王にならないといけない。今も苦しんでいる人がいるかもしれない」


 自分が過去にした経験。物理学者をしている理由。何故最速で『魔王』にならないといけないのか。その全てを、2人に話した。


「そんなことがあったんですね...」


 ヤクルトは暗い表情で俺に同情してきた。


「悪いな、こんなに暗い話をして。ダカラも怖かったよな...」


「そんなことないよ。でも、改めてミューさんが凄い人だってことが分かったよ。人の命を守る為に頑張ってるって、とても凄いことだよ!」


 ダカラは少し大人っぽいところがあるな。とても7歳には見えない言動だ。


「慰めてくれてありがとうな。ダカラ」


「それで、ミューさん。いい提案があるんですけど」


 そう言ってヤクルトは、一枚の紙を俺に見せてきた。

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