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らっ・・・











「雷門さ・・・」











「黙るくらいなら話しかけんな。」











私はそう言って、きゅっと黙り込んだそいつの脇を通り抜けた。










後ろからすすり泣く微かな声が聞こえてきた。ズキンと確かな罪悪感に襲われて、私はリノリウムを踏む足取りを早める。


そして立ち止まる。振り返りながら声を掛ける。


「おい。」


ちょっと待て、お前は誰だった?


「お前、名前は・・・」


そいつはもう、気配すらその場から消えていた。

まるで廊下に居たのは最初から私だけだったみたいに、だ。


どこに行ったんだ。


探しに行くべきか。


どうでもいいのか。


名前も思い出せない、そもそも知らないあいつを

探して何を言おうとしたのか聞いてやろうったって、

そもそも見つかるわけが無いから無理な話だ。


私は不可能なことを無理だからって諦めるのが嫌で。

「興味ないから」と自分に言い訳をしている。


興味ないから出来なくてもどうでもいいんだ。

どうしてこんなに不愉快な気持ちになる?










「ブレーキを引くって言うと、ブレーキをかける意味になるけど、」

私のすぐ傍にいた大星先輩が脈絡のない話題を切り出す。いつの話かも思い出せない、カラオケ店のロビーで雑談した時の記憶。

「ブレーキを引き上げるって言うと、ブレーキを外すことをイメージしてるのかな」

「なんの話ですか。」

「いやなんとなく、ブレーキって引くと止まるけどさ、ブレーキを上げると進みそうじゃないかな?」

私はレバーを引いてブレーキをかけるイメージと、ブレーキパッドが上がってタイヤを離すイメージを順番に浮かべた。

「それで、引き上げるはどっちなんだろう止まるか進むのかって」

「進むんじゃないですか?引き上げてるんですし。[押し下げる]動作に比べたら圧倒的に進む方向への力が強いと思います。」

「あー、なるほどぉ!瞬さんって面白いこと言うよねえ」

大星先輩がテンション高く私を褒めるのを聞いて、私の意識は徐々に浮上していった。

「ひよこは鶏の子供なんだよ」

「は?急になんですか?」

・・・私の意識は現実に引き上げられていく。










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