18
宝木遥乃。彼女は藤野岬高等学校の同級生。といっても、学校で話したことはない。遥乃は毎日しつこく私の家を訪ねてきて、お知らせのプリントの束だとか、授業内容をまとめたノートとかを届けに来て、鬱陶しい程に学級副委員長の肩書に見合わない仕事と信頼を背負っていた。私が退学した後は当然お便りも止まって、遥乃も来なくなって清々した。ヤツが最後にお便りを届けに来た日の会話が記憶を再現するような夢の中で蘇ってきた。できたら思い出したくないような、気分が下を向く記憶だ。
「瞬ちゃん、こんにちは♪」
思えば、語尾の音符はあの頃からずっと残ってるんだな。
「帰れ。」
「今日もお便りを届けに来ました♪」
「帰れって言ってるだろ。」
いつものようにシャッターのポストからポトンとファイルが落とされた。その中にはノートの写しや通信が何枚か入っていて、ファイルごと置いといたカゴの中に入った。どうせ読みもしないで裏紙になるだけなのに、よくも飽きないで毎日届けに来れたよな。私はうんざりでため息をつきながら、一旦作業を止めて、カゴからファイルの中身だけ取って、シャッターを上げて、あとは副委員長に手渡しで返す。
「もう明日から来るな。」
もう同じ事を何回言ったか。それだけ告げて私はシャッターを降ろし、またいつものように作業台に向かう。いつもならそれでおしまいだった。だがその日の遥乃はシャッター越しに私との会話を続けようとした。その日は今晩と同じように、風が強く吹き荒れて寒い日だった。アイツもあそこで帰れば良かったのに、なんでポツポツと話し始めたんだか。
「瞬ちゃん、退学しちゃうんですよね・・・」
作業の手が止まってしまった。律儀にお別れでも言いに来たのかよ。
「先生から聞きました」
「そうだな。今日でもう、お別れだ。」
それで私は遥乃から、
「あなたの将来の幸せを願っています。」
みたいなことを言われて。さすがに、カチンと来て。シャッターを上げて、面と向かって、怒鳴って言い返したんだ。死ぬほど酷い言葉をいっぱい浴びせたと思う。今はもう、少し丸くなった言葉しか思い出せないが。
「まるで今の私が不幸だ、みたいな物言いだな。お前、うざったいんだよ毎日。もう二度と来るな、副委員長。」
その後も遥乃は戸惑いながら釈明を試みて、なんとか私の機嫌を直そうと少し頑張った。もちろん私だって、それが悪意のない発言だって分かってはいたけれど、怒りに任せて力の限り遥乃の口を私の言葉で塞いだ。次の言葉が来るよりも先に支離滅裂な怒号を彼女にぶつけ続けた。向こうも努力するだけ無駄だと気付いたようで、いつの間にか無言のうちに引き上げたのだった。私たちはまさに、喧嘩別れをしたのだ。その時の元「副委員長」が今、私の目の前でケロッと落ち着いて私と話してる。3年も前のことなんて、すっかり忘れているんだろう。その方が私としても気楽だ。それからしばらく、私の意識はさらに深く落ちていった。
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