13
私はカウンターデスクの上にある、
店員呼び出しボタンを押す。
「はーい!少々お待ちくださーい!」
上の階から聞こえてきたのは女の声だった。
こんな大晦日に、誰も来ない店で1人きり。
よくやるもんだ。
やがて階段を降りてくる足音が聞こえてくる。
その姿を見てぎょっとした。
水が垂れてないよく絞ったモップを片手に抱え上げ、水が並々入ったバケツをもう片手に抱え上げ、視線を遮られた足元の様子に注意しながらこわごわ降りてくる様子を見ていると、こっちまでハラハラしてくる。
「おい、大丈夫か。」
と、声を掛けたときにはもう手遅れ。
正体不明の店員は案の定、足を踏み外す。
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げながらも、
そいつは左足で1段下へ着地する。
だがその時に足首をグネっている、明らかに。
私とその店員の一呼吸が重なったすぐ後に、
私は落ちてきたバケツの大雨でびしょ濡れになり、
降ってきたモップの柄が額のゴーグルに当たる。
「ご、ごめんなさい!
申し訳ありません!
すみません!」
謝罪を3連続で重ねがけするそいつは、
どこかで見たことがあるような気もする。
胸の名札には[たからぎ]と平仮名で記されている。
私はちょっと撥水性があるコートを脱いで、
服表面の水滴をバサバサと払う。
頭は、持ってきてもらったタオルで拭く。
足を捻ったその女に尋ねる。
私はモップを杖代わりにして立たせて、
101号室のソファーの上に彼女を寝かせる。
そして私は、そいつを観察し始める。
痩せ気味だが、不健康そうという印象ではない。
据わった目に上等な夜勤の経験を感じ取れるが、
私は今まで、こいつにこの店で会ったことはない。
「お前、もしかして単発か。」
さっき履歴書を確認していたときに、
貼付されている顔写真も見ておくべきだった。
「えっと、今日が初めてです・・・」
彼女が新入りだろうと単発だろうと、
どちらにせよ私は店長から話を聞かされてない。
見た感じ、自分と同い年なようにも思える。
美人な割に髪の毛の櫛通りが甘いのが気になる。
バイトの入れすぎとか、レポート貯めすぎとか、
人目を気にしている余裕のない人間はまず、
その外見のあちこちにボロが出てくるものだ。
「前はどこで働いてたんだ。」
「・・・えっと、飲食店、スーパー、文房具屋さん、
カラオケやコンビニでも働いたことがありますね」
あちこち流浪する単発の民とはいえ、
かなりレベルの高いオールラウンダーらしい。
だって、その日に初めてシフト入る人間に、
普通ワンオペ夜勤なんてやらせねえよ。
そうか、どこかで見たことがあるってのは、
コンビニとかで見かけたことがあるからだろう。
靴を見る。アウトソールは叩くと固そうだ。
1足3000円台で売られている安物スニーカー。
靴の中敷きはクッション性が皆無で、
履き心地が良いとはお世辞にも言いがたい。
「お前、これ以外に靴は持ってないのか?」
「パンプスなら、持っていますけど・・・」
動きのある仕事にパンプスは向いてない。
しかしこの靴も、靴を履くためだけに履くような靴だ。
歩き回ったり、走ったりする時には向いてない。
それに加えて、この靴は通気性がとことん悪い。
冬は問題ないが、夏は蒸れて足先が過熱する。
雨の日にソックスが濡れないというメリットはある。
今までよくこんな靴で働けてたな。
こんな安物の靴を履いて動き続ければ、
足首には並々ならぬダメージが蓄積していく。
いずれ怪我するのも時間の問題だっただろう。
「今度、新しいスニーカーでも見繕ってやろうか。」
「えっ?」
「この靴は動き回るのに向いてない。」
私のライダーブーツも靴底は硬い方だが、
圧倒的な厚底構造であるおかげで
足に掛かる自重負担はそこまで大きくない。
私は観察に満足して立ち上がり、
彼女と机を挟んで向かい側のソファーに腰掛ける。
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