スノー・ドロップ

ジャック(JTW)

老夫婦の遭難

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■■新聞社 『老夫婦遭難 雪山での愛』

 

 雪山の深い奥深くで、老夫婦が遭難した。

 彼らは冷たい雪の中で迷子になり、救助を待つしかなかった。夫は妻を守るために、最後の力を振り絞って妻に防寒具を渡し、自らは凍えてしまった。

 命を賭して妻を守った美しい愛の物語は、新聞で取り上げられ、人々の心に深く刻まれた。

 

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「あら、そう、▲▲雑誌のお方……。

 どうぞ、上がっていってください。

 今は以前と違って、狭い家ですが、気に入っているんです。お茶も出しますので、よかったらゆっくりなさってくださいね。


 ええ、はい。先日、■■新聞社さんから、確かに取材をお受けしましたね。私は本当のことを、ありのままお話したはずなのですが……。どうやら、それでは記事にならないと思われたのでしょうね。

 あなたは、不自然に思ったからこそ、私を訪ねに来てくださったのでしょう」

 

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「あの人は、結婚した直後から傲慢で、暴言暴力は当たり前でした。

 いつも思いつきで行動を始めて私を振り回すのです。上手く行けば、『俺の手柄』。上手くいかなければ、『お前の準備が悪いから』。それがあの人の口癖でした。

 

 勿論、何度も離婚を画策しました。

 しかしその度に、阻止されてきました。

 あの人は、社会的地位の高い仕事に就いていました。ええ。『外聞が悪いから、世間体の為に離婚はできない』とあの人は言いました。

 私は、働くことも許されず、家事やあの人の不始末の事後処理にも奔走させられてきました。

 そんな生活が、五十年も続きました。地獄というものがあるのなら、ゆきたいと思うくらいの日々でした。きっと、地獄の獄卒ですら、あの人よりは優しいでしょう」

 

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「そう、ですね……。雪山に向かった日のお話でもしましょうか。あの人は、急な思いつきで周囲を振り回す悪癖がありました。あの日も、突然☓☓山に登ると言い出したのです。

 私は防寒対策用の上着や、できうる限りの登山道具を準備してから向かおうとしましたが、もう、この年です。あまり重い荷物を持つことはできませんでした。辛うじて一人分の装備を背負いながら、私は、あの人の後ろを歩きました。この老骨には、とてもつらい道程でした。 

 ええ、はい。そうです。荷物を持ってくれるなんてこと、ありませんでしたね」

 

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「あの人は、☓☓山の下調べもしませんでした。

 そういう『面倒なこと』は、全て私にさせていましたから。道が二手に分かれていて、あの人は、『おい、どっちに行けばいいんだ』と怒鳴りました。しかし、私も、☓☓山への登山は急なことだったので、はっきり道を覚えていませんでした。だから、、あの人に伝えてしまったのです」


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「道はどんどん深く、険しくなっていきました。雪が降っているのもあり、視界も悪く、私達は完全に遭難してしまいました。私達は、小さな洞窟を見つけ、そこに入って寒さを凌ぐことになりました。

 私は、防寒具を持ってきていました。しかし、あの人は決して重い荷物を持とうとしなかったので、諸々の装備品は一人分しかありません。

 

 あの人は、当然のように『寒い、寒い! お前の上着を寄越せ』と言いました。体力が低下していた私は、防寒具を奪われたら死んでしまうと思い、必死で抵抗しました。そしてあの人は、普段のように、私に暴力を振るおうとしました。その時、私は咄嗟に……。


 ……。ふふ。火事場の馬鹿力というのは、本当にあるのですね。私は、今まで自分に、そんな力があるなんて思いもしておりませんでした。

 

 ええ。私が突き飛ばした弾みで。あの人は、倒れて、洞窟の壁に頭を打って動かなくなってしまいました。

 息はありました。脈もありました。ただ、気絶しているだけのようでした」


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「ええ、私も、助けようとはしたのですよ。あの人が相手とは言え、流石に人間の命を見捨てる決断はできませんでした。簡易テントやビニール袋で体を包んで、あの人を保温しようとはしてみました。でも、長い長い間、防寒着を着ている私ですら耐えられなくなりそうな寒さに晒されて、無事ではいられませんでした。私は、やがて、飢えと寒さで気を失いました。


 目が冷めた時、私は病院でした。私は助かりましたが、あの人は、だめだったそうです」


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「警察にも同じように話して、ええ、はい。特に私が罪に問われるようなことは、ありませんでした。厳重注意は受けましたが。はい。雪山の捜索費用をお支払いするために、以前まで住んでいた邸宅は売りました。そして残ったお金で、今の小さなアパート暮らしをしております。ええ。はい。そういうことです」


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「……ふふ、私が、あの人を?

 同じことを、警察も疑ったようです。はい。動機もありましたからね。しかし私は、あんな人でも、助けようとしたのですよ。本当に。実際、死因は打撲ではなく、凍死だったそうです。あの人の遺体には、私があの人を手当して助けようとした痕跡があったと警察も言いました。あの人は、ただ、助からなかっただけですよ」


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「……そうですか、取材は終わり、ですか。

 わかりました。では、お疲れ様でした。

 ええ、はい、あなたの雑誌で取り上げるかどうかに関しては、どうぞお好きになさってください。私は、老い先短い身で、子供も親類もおりません。私の望みは、この小さな終の棲家で、死ぬまで穏やかに暮らすことです。それが脅かされない範囲であれば構いません」


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「え? 玄関に飾っている花が、何かって?

 私が昔から大好きな花ですよ」


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