第6話
「ミレ。そのなりは、そなたの住む世界のものだろうが、なかなか酷いな」
リュストレーは、立ち上がった美玲の様子をつくづくと眺めた。
「何を言いやがりますか。これは私の範疇ではごく普通の服装です」
美玲の着ているものは、デニムのボトムにカーキ色のトレーナーだ。その上からにすみれホームヘルプサービスのロゴが入った冬用ジャンパー(アウターではない)を身につけている。
お世辞にも綺麗だとも上品だとも言えないが、汚れることも多い仕事だし、機能的な仕事着である。
もちろん出勤退勤時には、もう少しマシな私服に着替えているが、今日の午後は事務所勤務だったということもあり、これで十分だ。それにちゃんと洗濯もしてある。
「ふむ……しかし、布はしっかりしてるし、縫製も精密で正確だ。見すぼらしいが、確かな技術に裏打ちされた合理的な服装だ」
リュストレーは、貴族とは思えない職業的な目つきで美玲の服を検分している。
「この下はどうなっている?」
長い指は美玲のジャンパーの襟元を摘んだ。
「どこ触ってるんですか!? この中はただのトレーナーとヒートンテックです! その下は普通の下着……ってなんてこといわすんですか! えっち! すけべ! セクハラ公爵!」
「えっち? すけべ? せくはら? 何を言ってる」
「いえ、すみません。ちょっと言いすぎたとは思ってます」
本気で不思議そうなリュストレーに、美玲は素直に謝った。
もし、公爵に不純な動機があるのなら、美玲が気を失っている間に色々できたはずである。しかし、今のところそんな卑猥な態度はないし、そもそもこれだけ美麗な男ならば、美玲のような貧相な娘など相手にしなくても、少し微笑むだけで、その辺の令嬢たち(令嬢がその辺にいるかどうかは知らないが)が頬を染めるだろう。
なにしろ王太子だということだし。
「ですがあなた、女性の服に興味がおありなんですか?」
「失礼な! 女の服など、どうでもいい。これはただ、服の素材に対する興味だ。見すぼらしいのに、奇跡のような仕立て技術だ。逆に言えば、これだけの技術を持ってして、どうしてそんなみっともない服を作るのかという、素朴な疑問が湧くな」
言いながらリュストレーは、美玲のジャンパーのファスナーをしげしげ見つめている。胸元の摘みを触る勢いだ。顔が近い。
「失礼はどっちですか! もう! じろじろ見ないでくださいよ。女は嫌いだって言ってませんでした?」
「大嫌いだとも!」
リュストレーは吐き捨てた。
「しかし、なぜだかそなたには女を感じないのだ」
「それはそれで、またしても失礼ですけど」
「髪は……この国では見かけない黒。だが短いな、まさに女とも思えん」
「あなたが長すぎるんです。腰の下まであるじゃないですか。よく生活できますね」
「生活に興味がないからな」
「そこは興味を持ってくださいよ!」
なんなのこの人。
美玲は負けじと、リュストレーの風態を観察することにした。
二次元ヒーローと見まごう美男ぶりはさておき、この服装はなんなの?
いやしくも公爵様なのに、毛布みたいな、ねずみ色のガウンを巻き付けてさ。しかも、袖口とかインクで汚れてるし。
髪は綺麗な銀色だけど、手入れされているようには見えないし。
体格はいいのに、顔色は悪いし痩せてるし。
「生活に興味がないなら、お食事とかどうしているんですか?」
「食事? 一日に二度、扉の外に運ばれてきたものを食う」
「二度。この国の食生活は一日二食なんですか?」
食べることが好きで、料理も好きな美玲が落胆して肩を落とす。
「いや? 普通は三食らしいが、私は腹が満ちると頭の働きが落ちるからな。内容も毎日決まったものを届けるように命じている」
「決まったもの?」
「豆のスープと堅パン」
「たったそれだけ?」
「十分だろう。食事など腹が満ちればよい。それに私は嫌いな食物が多い。毎日同じものだと安心できる」
「……」
これは残念な美男子だと美玲は思った。
公爵という身分。
こんなに綺麗で、スタイルだって良さげなのに、服装や部屋は乱雑で、コニュニケーション不全の高慢ちき。
女ぎらいで食べ物の好き嫌いが多い。
おまけに制御できないとかいう迷惑な能力(よくわからないけど、召喚?)の持ち主で。
しかも多分……この人。
「オタクだ」
部屋には机上には、資料がどっさり積まれている。
それらからは、どうも同一方向性の気配が漂ってくるのだ。地図に、海図に、あり得ない形の建造物や、武器のようなもの。ここがいくら異世界だからって、こんな妙な形のものあるはずがない。
この部屋だけ見るだけでわかる。ここは世界史で言うなら、ナポレオン時代あたりの文明形態だわ。それも結構平和な。
──とすると。
この人きっと、設定マニアだ。
美玲はそう考えた。
そう判断する程度の教養と知識はある。
「オタク? そなたはさっきから、時々不思議な言葉を使う。オタクとはなんだ?」
「いえなんでも。とにかく私、いつまでもここにいられません。さっきから話に出てくる執事さんを呼んでいただけませんか? お部屋を用意してくださるのでしょう」
「あ……ああ。そうだな。もう夜も遅いが多分、セバスティンはすぐに来てくれるだろう」
「セバスティン!?」
「そうだが? どうした?」
「いえ別に……」
ああ、どこの世界も執事の名前は、似たようなものなのね。
美玲は、なんとなく肩の力が抜けたような気がした。
とにかく落ち着いて、この変人公爵以外の人の話を聞かなくてはならない。
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