第3話 俺、庇い庇われる

 あれから15年が経った。


 俺はすくすく成長し、それなりにできる男になった……なんていうのは冗談だが、日々元気に過ごしている。

 しかしこの15年の間で重要な出来事が多々あった。

 

 一つ目は、あの悪魔――姉ちゃんの名が判明したのだ。本来、悪魔は信頼に足る人物でなければ決して名を明かさない。

 だが、俺が言葉を話せるようになったタイミングで教えてくれたのだ。なぜ今まで教えてくれなかったのか、と質問するといつも「だって呼んでくれない子に教えても仕方ないでしょ」と返される。

 何度聞いてもこの回答だ。

 どうやら俺と姉ちゃんの間では、信頼がどうとかいうのは低レベルの話らしい。


 で、そんな姉ちゃんの名前だが――リリスって名だ。初めてその名前を知った感想としては、悪魔らしい名前だなぁそんな感じだった。


 二つ目に【剣術】や【魔術】、【錬金術】について学んだ。

 この世界に転生してからというもの、不可思議な現象が多々起きている。側にそびえる大樹に近づくと身体がポカポカして何かが流れ込んでくる感覚に見舞われる。

 姉ちゃんが言うには、これこそが【魔術】を行使するため必要な魔力というものらしい。


 【魔術】以外にも【剣術】でも用いられる。

 主な戦闘方法は接近戦になるのだが、自分の武器に魔術付与――所謂、剣にさまざまな【魔術】を付与し、弱点を攻めては終始有利な立場を保つ。

 そういう戦闘技法もあるらしい。

 まあ、この戦闘技法自体、魔剣士と呼ばれる特殊な者しか成し得ない技とか。


 そして最後に新たな物質を生成する【錬金術】。

 魔力を用い物質と物質を配合し、新たな物質を作り出す。そんな感じだ。


 だから魔力は必要不可欠というわけだ。

 

 しかし、俺は赤ん坊の時、無能力と鑑定に出ていたはず。ならその魔力はもちろん身体能力も皆無、なのだと思っていたのだが、その認識は姉ちゃんによってひっくり返された。


 ちょうど三歳になった頃だ。

 食事をする時の出来事だ。姉ちゃんが飯を口に含んで柔らかくなった物を口移しで食べさせてもらっていた。まあ、離乳食というやつだ。

 その時は、食べることで必死だった。なのだが、どうやら姉ちゃんの唾液には多量の魔力を含んでいたらしく、知らぬ間に俺は姉ちゃんの魔力を体内に取り込んでいた、というわけだ。で、その行為が俺と姉ちゃんの契約にも繋がっていたみたいで最初は驚いたものだ。


「姉ちゃんそろそろ出掛けたいんだけど」

「待ってネオ君。違うでしょこういう時は――」

「わかったよ、お姉ちゃん。一緒に野草を取りに行きたいです」


 いや、恥ずかしすぎる……この歳になってもなおお姉ちゃんだと。


 以前、名前呼びした時はなぜかブチギレられた。この世界の常識がさっぱりわからん。だからこそ俺には理不尽に感じられる。

 幸い周りに誰もいなかったのが救いだが、こんなの街中でやらされてみろ。身体はまだ子供だとしても、精神年齢は高い分さすがに萎える。


 それに姉ちゃんとはかれこれ15年は一緒に暮らしてるが、俺が転生者だとはまだ気づいてすらいないようだ。

 本来ならたまに出る口癖や態度なんかでおかしいと思うはずなんだが、どうもそこら辺に関しては疎いというのか、興味関心がないのか、一度もそういう話になったことがない。


「よろしい、お姉ちゃんがしっかりと守ってあげるからね」


 こんな調子で毎日過ごしている。

 基本、食事は自給自足。森に生えたキノコや野草を主食にしている。

 だけどそんな生活を続けていると、どうしても身体が肉を欲する。それに力が湧いてこない。


 想像してた何倍も過酷な森での生活。

 初めは虫に刺され身体の一部に違和感を憶えることも多々あった。だが人間不思議とその環境が当たり前になると馴染んでくるのだ。

 今じゃ体調を崩すことなどあり得ない話だ。


 俺と姉ちゃんが向かったのは、大樹からそう遠くない場所。この辺にイノシシと似た魔獣が現れる。それを仕留めて食べているわけだが。

 どうも今日の森は騒がしい。

 木の葉が揺れる音以外にも鳥の囀り、獣のうめき声が響き渡る。


 こういう場合のほとんどが誰かがこの森に立ち入った時だ。

 ほんと野盗とかなら勘弁してくれよ、そう願うも虚しく見事なまでのフラグ回収をしてしまった。


 風に乗せられ聞こえる「金、銀、財宝」といった言葉。それに「周囲を見回れ」といった何かに警戒するような言葉も聞こえた。

 しかし途切れとぎれ聞こえてくるだけで、その前後の会話はまったく聞こえない。


 あまり面倒な事態に巻き込まれるのは勘弁だ。

 それに得策ではない。

 だから今日のところは悔しいが肉を諦めてさっさと大樹の元に帰ろう。


 声がする方向を見ながらゆっくりと後ろ歩き。

 しかしここでホラー映画あるあるのハプニングに陥ってしまった。

 小枝を踏んでしまったのだ。パキッと大きな音を立てるも向こうは気づいている様子はない。


「助かった……」


 と安心していると、突然茂みから剣を構えた体格のイカツイおっさんが現れた。

 黒い布で口元を覆い隠し、小汚い格好と言えばいいのか、ツーンとした臭いが鼻を抜ける。


「まさかオレらの会話が聞いてたやがったとは。殺して置かねぇと納得いかねぇ」

「ちょ、ちょっタンマ!」


 そんな焦る俺の言葉などおっさんの耳には入らず、構えていた剣をすごい勢いで振り下ろしてきたのだ。


 赤ん坊の時に捨てられ餓死を逃れたと思えば、15年後にはまたこの有様だ。

 次は剣で斬られて死亡ってか。

 この世界に来てからというもの、幾度も死にかけては回避してきた、そんな気がする。


 自分でも惨めに思う。


 っていうか、ここまで可哀想な人生送ってるやつ他にいるか?

 いない、絶対にいない。断言できる。


「死ねやああああああ!!」


 俺は男の威勢と声で恐怖し塞ぎこんだ。

 しかし痛みはもちろん斬られた感覚すらない。


 そんな状態に疑問を持った俺は顔を上げた。

 すると俺の前には身代わりとなって左目を斬られた姉ちゃんの姿があった。ポタポタッと鮮血が額を伝って地面に流れ落ちる。


「大丈夫? 怪我はないネオ君」

「うん……」


 その一言しか返せなかった。

 目の前で起きたあまりにもショッキングな出来事に頭が真っ白になっていたのだ。


 しかし男は止まらなかった。

 再び剣を振り上げると、目をやられた姉ちゃんに向かって振り下ろしたのだ。


 けど、なぜかわからない。

 恐怖で声も上げれず、身体は震えてるというのに姉ちゃんを庇うため、勝手に身体が動いたのだ。

 もちろん庇ったことで俺は胸から腹にかけて傷を負ってしまった。

 その傷から流れる鮮血は止まることを知らない。


 身体がポカポカしている。


 あまりの出血量に……反応してだろうか?


 だが今になっては関係ない。

 俺はもう出血多量によって死ぬんだからな。

 これで最後だが姉ちゃんにあの時助けてもらった恩返しができて良かった。


「姉ちゃん……」


 俺は地面に倒れた。

 ぼやける視界の中でも俺は姉ちゃんだけを見つめていた。血の涙を流し、黒くおぞましいオーラをその身に纏っている。

 その異様な光景に男は怯えているようにも見えた。


「…………姉ちゃん?」

「待っててね、すぐ終わらせる」

「ダメだよ……姉ちゃん」


 深い傷を負いながらも、這って俺は姉ちゃんの足を掴んだ。そして暴走を止めようと試みるもすでに正気を失っている様子だった。

 いくら声をかけても反応すらしてくれない。

 そんないつもと違う雰囲気に俺は涙した。


 俺がこの惨状を引き起こしてしまったことが原因だと思ったからだ。


 昔話で一国を滅ぼした話をしてたが、あの時見た顔はどこか悲しそうだった。無理に笑顔を作って、悲しみを押し殺しているようにも見えた。

 確かに、あの時が初めてだったかもしれない。

 自分のことを話してくれたのは……。


 こんなにも優しくて気にかけてくれるのに、俺は昔話を聞いていたあの時、確かに震えていた。


 怖くて恐ろしくて。


 もし、もう一度姉ちゃんと話せるなら……ちゃんと謝りたい。


 素直な気持ちを伝えたい。


 感謝を伝えたい。


 だって今の俺にとって姉ちゃんは紛れもなく家族であって姉同然なんだから。

 そして俺の意識は少しずつ遠のいていった。

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