第5話

 小学校3年生の1年間、わたしはひどい学校生活を送った。


 毎日が地獄で、学校に行きたくなかった。


 でも、家にもいたくもなかった。


 だから、学校に行くしかなかった。


 学校のルールから解放され、自転車乗って自由に外出できるようになったこともあって、みんなでお外に遊びに行く機会も増えて、この頃は小学校生活の中では1番お勉強が嫌な時期だった。


 学校に行って、友達と放課後遊ぶお約束をするためだけに、わたしは学校に通っていた。


 わたしは人よりも表情管理が上手で、隠すことが得意だった。

 だから、『最悪』になるまで完璧に隠し通せてしまった。


 手癖の悪い友人を複数の友人で宥めたことが、全てのはじまりだった。


 新人で事なかれ主義で無能な担任、耳が遠くなっているようなオババの学年主任、人の話を一切聞かない、それどころか都合の悪いこと全てに対して隠蔽工作を行う教頭、そして、お飾りやマリオネットという言葉がとっても似合う、学年主任の言いなりな校長。


 ある日を境に起きた文具等の紛失事件は、いじめに発展したことにされた。

 クラスメイト全員がその子が盗んでいることを知っていた。知っていて、でも、クラスメイトだから、仲間だから、糾弾したくなくて、放っていた。けれど、彼女の行動はどんどんどんどんエスカレートしていった。ありとあらゆるものを盗み、消しゴム等で元々の持ち主の名前を消して、何食わぬ顔でこれは自分のものだと言って楽しそうに笑いながら使っていた。

 彼女が笑いながら適当に使っていたわたしのペンは、小学校の入学祝いとして親戚のおばちゃんにプレゼントしてもらった思い出のある、大事なものだった。決して高いものではない。どこでも買える安物のペン。でも、それは、わたしにとっては、かけがえのないものだった。


「返して。それだけはダメなの」


 友人3人を連れ立ってそう言ったわたしの目の前で、満面の笑みを浮かべた彼女は、私のペンを無理矢理にボキッと折って、床にばら撒いて、上履きで踏んづけた。ザリザリって嫌な音が響いたのを、今でもよく覚えている。


 被害に遭ったのはわたしだけじゃないというのは知っていた。彼女はわたしの前にも似たようなことを他の人にもしていた。

 消しゴムに好きな人の名前を書くと好きな人と両想いになれるというおまじないにちなんで書かれた名前をたくさんの人がいる前で大声で読み上げたこともあった。


 わたしだけがこんな目に遭ったわけじゃない。

 そう思って耐えようとした瞬間、彼女は大声をあげて泣いたふりを始めた。

 担任が慌ててやってきた。

 子供達は安堵した。彼女の暴挙は、やっと終わりを迎えてくれるのだと。

 でも、そうじゃなかった。これは、地獄の始まりだった。


 先生はクラス中の訴えをまるで無視して、泣いている彼女の言うことだけが正しいと判断して、残りの生徒全員を嘘つき呼ばわりした。幾人か泣き崩れた。声を聞いてやってきた学年主任も、担任の言うことだけを信用したから、事態はもっと悪い方に進んで行った。


 地獄絵図だった。


 それからの日々も、その瞬間も、小学校3年生の学校内での1年間は、あまり思い出したくない。


 その日の夕方から数日をかけて、クラスメイト中の親が呼ばれた。

 学校の先生達からされる説明に、全ての親が否定した。討論した。彼女の机の中から出てきた大量の他の人の文具も物証にして、何度も何度も学校と保護者間で話し合いが行われた。

 けれど、状況が変わることは決してなかった。

 彼女以外の子供達は嘘つきで、いじめっ子として扱われた。

 物証もあった、目撃証言も他のクラスの子供達からも出たし、先生達の中にも見たことがある先生もいた。

 でも、物事を隠し通したい教師達によって、事実は全て闇の中に葬られた。


 壊れたものも、傷ついた心も、戻ってこないし、癒えない。


 わたしたちの学校生活を返して、何度も何度も思った。


 平和だった頃の学校が恋しかった。


 みんな知っていた真実なのに、校長先生の一言で、「でも、彼女がいつどこで誰から盗んだっていう証拠はないでしょう?」というたった一言で、事実全てが無かったことになった。


 そんな時、読書好きだったわたしは、『僕らの7日間戦争』という小説に出会い、読んだ。羨ましかったし、現実でそんなことは起こらないってわかっている分、絶望が大きくなって、苦しかった。


 今でも悪夢に出てくるこの魔の1年は、忘れたくても忘れられない、地獄絵図だった………………。


 ちなみにこの事件、8年経った今でも全く解決していないし、当時共に学校に通っていた同級生たちの間では、わたしと同じように思い出したくもない悪夢として深く記憶に残っている。たまにLINEでトークをしている時に覗く小学校の思い出の中からは、小学校3年生という1年間が欠落してしまっているほどに———。

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