第9話 気になる


 次の日、女工員のジャスミンが、「おう、ヴィレム」と声をかけてきた。

「おはようございます。ジャスミンさん」

「ジャスミンで良いよ。ヴィレム」というと、何故か、ジャスミンがはにかんでいる。

 ここは、『気持ち悪い』など言っては、問題になるだろうから、ヴィレムは、「昨日はありがとう」と言っておくことにした。


 ややこしい女なのだから。


「あぁ、ありがとう。また、飲みに行こうなッ」

「そうですね」


 支店長のフィリップスの買い付けに同行した後、明日、一度、ロッテルダムに帰る予定になっているのだが、この日、港湾事務所の職員が工場に尋ねてきた。

「ここにアインス商会のフィリップスさんがいると聞いてやってまいりました」


「はい、支店長のフィリップスは、今、外出中です。よろしければ、ご用件をお伺いいたしましょうか」と、ヴィレムは返答した。その様子を見ていたジャスミンが、こっちを見て、なんだかうっとりしている。

 実は、ジャスミンは自分には出来ない接客が出来るヴィレムのことを羨望の眼で見ていたのだが、ヴィレム自身は、ジャスミンには無関心の様子だ。


「そうでしたか。では、お伝えください。今年のティーレースに御社にも参加していただきたいのです。実は、御社が“快速帆クリッパー船”を建造中とお聞きしまして」と、今、建造中のクリッパー船を指さした。

 随分と情報が洩れているじゃないか。何故、このクリッパー船をオーダーしたのがアインス商会と分かったんだ。他の商会も出入りしているのに。


 そう、この工場にはアインス商会だけでなく、他の商会も毎日、訪れているのだ。

「分かりました。帰りましたら、お伝えしておきます。ご連絡先は……」

「はい、港湾事務所の……」

 そう言い残すと、この男性職員は港湾事務所へ帰って行った。


 何故、港湾事務所がアインス商会の情報を知っているのかは、次に来た際、支店長にでも聞いてもらうことにしようとヴィレムはそう思ったのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る