第7話 女工員のジャスミン


 日が傾き、工場はその日の作業を終えようとしてる。

 ヴィレムも、あとは宿に帰るだけでする仕事もなかった。


「ヴィレム、私は工場長と行きつけに出かけるので、先に宿に帰っても良いよ」と言ったのは支店長だ。

 支店長は、そろそろ、ヴィレムも酒場に連れて行っても良い年齢とは思っていたが、何故か、帰す様だ。


 そのことについて、ヴィレムは、これは何か重要な話があるのだなと思ったので、「分かりました」とだけ返答することにした。


 そして、工場から出ようとしたところ、「おい、オランダ野郎」と声がした。先の女工員だ。

 確か、ジャスミンとか言っていたな。


「ジャスミンさん。お疲れ様です」と、機嫌を壊されては面倒なので、とりあえず、丁寧に返答しておいた。

 そして、「また、明日」と言って帰るつもりだった。


「まだ、疲れてないって。疲れるのはこれからだ。オランダ野郎」

「えっ?」と、ヴィレムは目を丸くした。

「親方ぁ。オランダ野郎も連れて行きましょうや」

「ど、どこへ行くの。ジャスミンさん」

「決まっているじゃないか。エールを飲みに行くんだよ。エールを」


 エール!


 大陸ではラガーが爆発的に流行っているが、イギリスに於いてはその限りではない。

 麦芽を減らしホップを使用するようになり"ペールエール"が売れた。

 さらに18世紀には“ポーター”が作られるようになるが、19世紀、これが下火になると、マイルドポーターというエールが売られるようになる。これら、麦芽への課税を免れるためだ。

 そう言えば、日本でも"第三のビール"と発砲酒が安く売りに出されたのに似ている。

 いつの時代も似たようなことを人々は考えるのだろう。


 ヴィレムとしては、この街にどのような酒があるのか、興味があったので、彼らについて行くことにした。


 親方と女工員が連れて行ったのは、女将さんが仕切っている大きな酒場であった。

 ビアホールのような感じもしないではない。


 そこに女工員が言った。

「船乗りはポーターだ」と。


 なので、ヴィレムは「ポーターは船乗りでなく荷役人ですよ」と生真面目に返答したのだが、

「わはは。いや、兄ちゃん。酒の名前だ。ポーターと言う名前の酒だ。荷役人や艀に人気なんだよ」

「では、船乗りじゃないですよ」と、また、生真面目に返答するヴィレムであった。


 すると、「うっせいよ」と、女工員はおかんむりのご様子だ。


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