その4

教室に入るなり、ホンモトが駆け寄ってきた。


「おい、ラファトどうだった?」

「何が?」

「乃愛ちゃんだよ!お前、昨日家に行ったんだろ?」

「まあな」


 自分の机にカバンを置く。

 

「まあな......ってお前、どうだったんだよ!もしかして、『良かったらお茶してくし?』なんつって部屋に入ったり出たり、挙げ句の果てにお前のモノが彼女に入ったり出たり......」


 コイツは想像力が豊かなんだか乏しいんだか......

 

「出し入れしちゃった?」

「してねえよ!というかなんだ!AVじゃねえんだから!」

「なんもなかったん?」


 ホンモトはつまらなそうに言う。


「ただプリント渡しただけだよ」


 そんな話をしていると、教室の前のドアが開いてナカエさんが入ってきた。


「はよ〜」


 腰まで伸びる金髪はボサボサだった昨日とは打って変わってキレイに整えられている。白い夏服に青リボンがはえて爽やかな感じがする。

 同じく青いスカートは短く切り詰められ、今にも『至宝』が見えそうだ。


「切り詰めるっていうとなんだかソードオフ・ショットガンみたいだな」


 ホンモトがいきなりそんなことを言って俺はビビる。


「お前......俺の心の声が読めるのか?」

「そんなわけねえだろ。急にどうした?」

「だ、だよな......」


 それにしては不自然なセリフだったが、目をつぶっておくことにした。


「ところで『至宝』ってなんだ?」

「ああ、それはパンt......ってやっぱり読んでるだろ!」


 コイツの相手をしていると話が進まないのでスリーパーホールドで黙らせてから再びナカエさんの方を見ると、友達グループとわちゃわちゃしていた。表面上は昨日のことがダメージになっているようには見えないが、今朝のリミエの態度から察するに、ナカエさんが家でヘッドフォンもせず戦争ゲームをやっており、せっかく持っていったプリントをひったくり、バカ暗いのは相当な機密事項のようだ。

 そんなことを考えていたら、当のナカエさんと目があった。......というか睨まれている。ガンをつけられている。

 別に怖くないし、むしろカワイイが、彼女は相当怒っているっぽい。

 なにか言っているので読唇術を試みる。なになに......


 (昼休み、ツラかせや)


 やれやれ、ギャルというよりヤンキーである。


 †††


 昼休み。俺は朝のことなど全く忘れて飯を食っていた。

 購買で買ったうっすいサンドイッチをホンモトしか友達がいないので仕方なく彼と食べていた。

 彼はなにやらいろいろと喋っているが、まあおそらくどうでもいい話なので俺は彼の話を右から左へ受け流していた。

 というのも、古文、漢文、現代文の授業が午前中にあり、俺の脳みそはオーバーヒート寸前で、新しい話を聞く余裕はなかったからである。

 現代文はなんとかなるが、漢文だの古文だのは、そもそも現代日本語がギリギリの俺にはどちらも非常に厳しいものだ。

 だいたい何故古代の言葉なぞ学ばなければならないのだ。アリャバニスタンに古代語の授業はなかったぞ。


「あ」


 ホンモトがバカみたいに1音発したのが耳に入った。また適当に受け流しておこうと思った瞬間、ふわりとフローラルな香りがした。


「なんだ?」


 香りの方向を見ると俺とホンモトが飯を食べている机の真横にナカエさんが腰に手を当てて立っていた。


「ちょっといいかな」

「のののの、乃愛ちゃん!?も、ももしかして俺に愛の告白?」


 ホンモトが謎のテンパりを見せている。どこからどう見たらそんな考えになるんだ。と、いうのも、ナカエさんは俺を笑顔で睨みつけていたからである。


「ごめんね〜本本くん。ちょっとサダムくんに用事があるんだ〜」

「コイツにぃ!?あ、もしかして昨日の......」


 ホンモトがそう言ったとたん、彼女の顔に焦りが浮かぶ。


「と、とにかく!ちょっとサダムくん借りるから!」


 そう言うと彼女は俺の手首をヘビを捕らえるが如くおもいっきり掴み、引っ張り、駆け出した。


 †††


 桜が浜学園の屋上は生徒が自由に出入りできる。アニメか漫画のようなゆるさだが、そのことを知る生徒は少ないのか、昼休みで外で飯を食うには絶好の陽気にも関わらず、屋上には誰一人いなかった。

 それとは関係なくナカエさんは俺をものすごく睨みつけている。


「そんなに見つめられると照れるんだが」

「は、はぁ!?見つめてるんじゃないし!睨んでんの!」


 ナカエさんは一瞬不意をつかれたような表情をしたが、すぐに警戒モードに戻る。やれやれ。別に武器を隠し持ったりしてないぞ。


「サダムくんさ、誰にも言ってないよね?」

「あぁ、昨日の......うぷ!」


 口を塞がれた。


「シッ」

「ほんあ、あえをいあいお」

「え、なに?」


 彼女は手を俺の口からはずした。


「誰もいないぞ」

「誰が聞いてるかわかんないでしょ!」

「ナカエさんもCIAなのか?」

「違うし。てか『も』って」


 てっきりしばかれると思っていたが彼女は昨日とだいぶ様子が違う。テンションが高い。まるで二重人格だ。

 

「こっちの話だ。忘れてくれ。ところで昨日とずいぶん様子が違うが、そんなに知られたくないのか?昨日のあの感じを」

「うん......」


 急に暗くなる。


「それでさ!サダムくんにお願いがあるんだけど!」


 一呼吸。すぐにテンションを上げて彼女は言った。


「昨日のことは誰にも言わないで欲しいんだよね」

「分かった。」


 俺は人がどんな内面を持っていようがそれに口出しする気はないし、それを言いふらすような人間ではない。しかし、この目の前の女の子のあまりに極端な二面性になんとなく惹かれている自分がいた。だから『昨日のことを言わないで欲しい』という彼女のお願いに交換条件を出してみた。


「じゃあさ。俺からもお願いがあるんだけど」

「ん?」

「家具買うの手伝ってほしいんだよね。家に何もなくてさ。間取り同じでしょ?」


 決して人手が欲しかったわけではない。


「そっか。引っ越したばっかだもんね。オッケー!付き合うよ」


 彼女は快諾した。本当に昨日とは別人のような笑顔だった。

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