その3

ドアを開けると見知らぬ男が立っていた。


「アハハハ〜......どうも」


 彼は右手をヒラヒラさせてヘラヘラしていた。


「あんた誰?」

 

 私が冷たく聞くと、彼はムッとした顔になった。

 

「失礼なやつだな。アンタのプリントを届けに来てやったんだよ」


 彼はクリアファイルを出した。


「ラファト・サダム。今度からアンタと同じクラスになった。よろしくね」

「げ、同じクラス......」


 まずい、完全に引きこもりモードだった。ギャルじゃない私を知っているのは凛美絵だけだ。まずい。まずいまずい。


「あ、アハハハ......!ありがとね!サダム?くん?チョー助かるっていうか!」

「急にテンション高いがどうした?」

「い、いいから!ありがと!」


 私はクリアファイルをひったくり、ドアを乱暴に閉めた。待って。アイツが同じクラス!?初対面の人、それもこれから接する機会が多い人にギャルじゃない私を見られた。言いふらされたらどうしよう......

 だいたいそもそもなぜ凛美絵以外の人が私の家を......こんなボロアパートに住んでることも知られたらまずいのに......

 とにかく明日は学校に行こう。アイツの口封じをしなければならない。


 †††


 なんだコイツは。

 俺はドアの前で突っ立っていた。

 プリントを届けに行く決心をした際はかなり期待したし、中江さんのことをホンモトに聞いてみたら金髪の美少女ギャルとか言ってたから来てみれば、確かに顔はいいが死ぬほど態度の悪いやつだった。そして急にテンションが高くなっていたが、あれは無理していたのだろう。ただ、そんな演技ができるということは、風邪で休んでいたわけではなさそうだ。なにか訳アリかもしれない。

 だいたい隣かよ!

 俺は3歩歩き、隣の部屋のドアを開けた。


 †††


 「走れ走れ走れ!」


 ムハンマドが怒鳴る。俺たちは戦場の真っ只中にいた。

 市街地戦闘。敵に支配されたアリャバニスタン西部のモロド市の奪還に向かったアリャバニスタン政府軍だが、市の中心部で大打撃を受け、撤退。その撤退中に俺たちの部隊は奇襲攻撃を受けた。


「クソッ!そこらじゅう敵だらけだ!」


 国道のど真ん中で襲撃を受けたため遮蔽物がない。道路のデコボコと丸焦げの車、撃破された装甲車を盾に応戦した。


「敵はどこだ!」

「あそこのセブン!」

「バーガー屋の屋上にもいるぞ!」


 敵は廃墟と化した国道沿いの建物に潜み、銃撃してくる。


「見えた」


 俺はR4カービンのセレクターをセミオートに入れ、セブンに潜む敵に何度もトリガーを引く。

 R4はM4カービンの中国製コピー、CQ TYPEAカービンをアリャバニスタンの銃器メーカーがさらにコピーしたものであまり性能が良くない。

 しかしアリャバニスタンの特殊部隊では主にこのライフルが使われている。イメージ戦略のためであるが、それで負けてるんだからたまったものではない。

 銃の性能に関わらず、この状況では敵に命中しているかどうかわからないが、とにかくトリガーを引き続ける。


「クソッ!まだ車列は動かねえのかよ」


 隣で私物のAKを撃っていたハシモトが吠える。


「見ろ」


 俺は前方を指差す。先頭車両がやられ、それを迂回して進もうとした後続もやられており、道が塞がっている。これでは動けない。


「RPG!」


 誰かが叫ぶ。

 よそ見していた。まずい。

 俺は咄嗟に伏せる。

 着弾。

 ふっとばされ、視界が揺れる。耳がキーンとなり、背中が痛む。


「......ト!」

「......ファト!」

「ラファト!」


 ムハンマドがかけてくる。


「無事か?」


 手足はつながっていたし、血も出ていない。


「なんとかな」

「ここはマズイ。移動するぞ!」


 今まで遮蔽物にしていた車の残骸は、もはや灰と化していた。

 そのそばにおそらくハシモトの下半身と彼のAKが転がっていた。


「クソッ!」


「急げ!BTRまで行くぞ!立て!」


 50mほど先で装甲車が射撃を加えていた。


「走れ走れ!」


 俺はライフルを手に、揺れる視界も構わず走り出す。


「RPG!」


 また誰かが叫ぶ。


「うおっ」


 俺はまた吹き飛ばされ、そこで意識を失った。


 †††


「はぁ。はぁ。はぁ」


 目が覚めると、そこは戦場でも野戦病院でもなく、桜が浜のアパートだった。


「夢か......」


 未だ雑魚寝の俺は床から身を起こす。

 汗で体がびしょびしょだった。


「シャワーでも浴びるか」


 俺は独りごちる


「ん?」


 が、足が止まる。なんだか射撃音が聞こえる。爆発音も。

 俺は身構える。夢じゃなかったか、まだ夢のなかか、どっちだ。


「〇ね!◯ね!」


 声が聞こえた。隣の部屋からだ。

 夢だった。しかしその夢の原因はこの隣人だろう。声と聞こえる方向からしてあのギャルだ。

 壁が薄いことに文句を言うべきか、あのギャルが深夜にヘッドフォンをせずに戦争ゲームをやっていることに文句を言うべきか迷ったのち、1時45分という時間を見て、俺はシャワーを浴びることもなく再び眠りについた。


 翌日。

 俺はシャワー浴びて家を出た。若干寝不足だ。やはり戦争の夢は心地が悪い。

 考えたがあの暗いギャル......中江さんにどうのこうの文句を言うのはやめた。俺は留学生という名目で桜が浜に来ており、文句を言うことにより元兵士だとバレるかもしれない。日本人の戦争アレルギーは相当なものだと聞く。人殺しとか言われたらたまったものではない。


「アロハ〜」


 歩いていると声をかけられた。

 振り返るとツインテールの女の子がいた。


「あなたがラファトくん?」


 なぜこの子は俺のことを一方的に知っているのだ。


「君は?」

「私は小野寺凛美絵。昨日乃愛にプリント届けてくれたんだって?ありがとね」

「CIAか?」

「へ?」

「なんで全部知ってるんだ」

「あ、うん。乃愛から聞いたんだ」

「部屋に盗聴器が?」

「いや、違う違う。メッセだよ」

「ああ、なるほどね。中江さんの例の友達か」

「そうそう」

「大変だったでしょ。あの子」

「そうだよ。何なんだアイツは」

「実は乃愛って家ではあんな感じなんだよね」


 俺は彼女と玄関で数秒会話しただけに過ぎず、家『では』と言われても普段がわからない。とりあえずギャルってことはホンモトが言っていたが......。


「学校ではもっと明るい感じなのか?」

「そうだよ。だからお願いがあって......」

「確かに、初対面のツインテにお願いされたら断れることは少ないな」


 なんだか図々しい感じがしたので、俺は皮肉っぽく言ってみたが本物のギャルには皮肉は通用しないようだ。


「ありがと!それでお願いなんだけど......乃愛の家での感じをバラさないで欲しいんだ」 

「やっぱ訳アリだったか。風邪で休んでたわけじゃないってことか」

「やっぱ気になるよね〜。ラファトくんは見ちゃったわけだし......知りたい?」


 リミエは上目遣いで俺を見て言った。

 むちゃくちゃ知りたい!なんだこのギャルは!俺はコクコクと頷く。


「でも......乃愛のことを私が勝手に話すのはちょっとね〜......本人に聞いてみて!アタシから言っておくから!」


 リミエはそう言うと、「あとでメッセ交換しよ!」と言って去っていった。

 俺は割とあ然としてその場に立っていた。

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