ep.29不破 風花

第七層セーフゾーンの中央には一本の大きな道が走っている。


誰が読んだのか"第七大通り"と呼ばれるこの道は、多くの探索者に加え荷物を積んだモンスターの往来も想定しているため、広く真っ直ぐな道になるよう整備されている。


大抵の必需品は大通りに面した店で購入できるので、余程珍しい素材や特殊な装備を欲しがらない限り初めてセーフゾーンを訪れた探索者でも迷うことはまずない。


ただ、もし大通りから少しでも小路に足を踏み入れればそういったシンプルさや便利さは消し飛んでしまう。


全く整備が行き届いていないボロボロで所々雑草も生えた地面に、狭く入り組んだ路地、行き止まりだって別に珍しくない。


もし鬼ごっこでもしようものなら間違いなく追う側も追われる側も迷子になってしまうだろう。



「くそ!どこ行きやがったあの女!」



石破 タクマは焦る。


絶対に逃がしてはいけない女を見失ってしまった。


よりによってセーフゾーンの裏路地で。



(くそくそくそ!もし完全に逃がしちまったら……っくそ!)



考えるだけで冷や汗が出る。


組織のルールは絶対だ、どれだけ言い訳を並べ慈悲を求めても命の保証はない。


死にたくなければ何としてでもあの女を見つけ出さなければ……、しかしもう追跡は失敗している。


もう普通のやり方では追いつくことはできない。



「っち、禊をするくらいならもったいねえが使うしかないか。」



タクマは懐から小さな瓶を取り出し、その中に入っていた黄色い魔法の粉を少しだけ、ほんの少しだけ鼻から吸い込んだ。


その瞬間、体中に電撃が走ったような感覚を覚える。


そして視覚が鳥のように、聴覚が兎のように、嗅覚が犬のように鋭くなる。



(走る音にこの匂い……こっちか!)



タクマは手前の角を曲がり右へ、左へ、複雑な路地を走る。


走り出して三十秒もしないうちに鋭敏になった五感は元通りになっている。



「くそったれ、もう時間切れか。」



タクマはもう一度、瓶から粉を吸う。


するとやはり電撃の様な感覚が走り、直後に五感が研ぎ澄まされる。



「よし、まだ近くだ!」



タクマはそれからも粉を使って逃げた女の追跡を続けるーーーーーが、



「ここも行き止りかよ、くそ!」



下手な迷路なんかよりよっぽど複雑な裏路地なだけあって一筋縄ではいかない。


どの方向にいるかがわかっても、その場所まで一度も道を間違えずにたどり着くことなど不可能に近かった。


何度も行き止りにぶつかっては道を変えてーーーーーそうこうしているうちに瓶の中に入っていた粉はもうなくなっていた。


最後に吸った分の効果が切れてしまえばもう本当にどうしようもなくなる。


タクマは必死で、ただでさえ鋭くなっている感覚をさらに研ぎ澄ませながら走る。


しかしーーーーー



(効果が切れちまった……、この辺に逃げてきたはずなんだが……もう俺はお終いなのか……?)



無情にも逃がした女を捕まえる前に魔法の粉の効果は切れた。


もう全てを投げ出してこのセーフゾーンから、ダンジョンから逃げ出してしまいたい気分だが、そんなことは天地ひっくり返っても不可能だとわかっていた。



「くそっ、どうして俺ばっかりこんな目に!」



タクマは空になった瓶を地面に投げつけたたき割る。


こうなると残された手段はただひたすら直感を頼りに闇雲に裏路地を走り回るくらいしかないが、おそらくカーナビを使わずに百キロ先の目的地まで車を走らせるよりも難易度の高い挑戦になることは目に見えている。



「それでもやるしかねえか……って、ん?」



近くに飲食店でもあるのだろうか、タクマは少し先でテーブルに座ってご飯を食べている二人の男女を見つけた。


片方は黒髪で全身紺色の服を着た若い男、もう片方はフードを被った……華奢なシルエットから察するにおそらく少女。


怪しい、余りにも怪しい。


こんなところで、まだ飯時でもないこんな時間にわざわざフードを被った女がたまたまご飯を食べていることなんてあり得るのだろうか?


どう考えても逃げた女がたまたまご飯を食べていた男に協力してもらいタクマからの追跡をやり過ごそうとしているようにしか見えない。



「こんな子供だましに引っかかると思われてるとは、ずいぶんと舐められたもんだぜ!」



地獄の底で天から垂れた蜘蛛の糸を見つけたような気分だった。


ずん、ずん、と大地を踏みしめながら、無敵になったような気分で男女が座るテーブルに詰め寄る。



「そこの女、ちょっと顔見せろ!」



もう絶対に逃がさない、とタクマはフードに手を伸ばして無理矢理顔を確認しようとするがーーーーー


タクマが伸ばした手は女と同席していた男によって止められた。


正確には手首を掴まれ睨みつけられた。



「おい、てめえ。邪魔すんじゃねえ。離せ。」



タクマも負けじと睨み返し、ドスのきいた声で威圧する。


しかし男は全く怯まない、それどころかーーーーー



「離したら俺の仲間に手を出さないって約束できるか?」



「ぐっ!?」



口調そのものはゆっくりとしたものだがタクマの手首を掴む力が明らかに強くなっていた。


これは明らかに警告だ、これ以上の横暴は許さないという男からのメッセージだ。


しかしタクマも引き下がるわけにはいかない。



「べ、別に危害をく、加えようってんじゃねえんだ!ただこいつの顔さえ見せてくれたら何もしねえ!」



「本当だな?……イシス、フードを外してやってくれ。」



「イシス?ってこいつは……!」



フードに隠れていた顔を見た瞬間、タクマは息を呑んだ。


ダンジョンの中はもちろん、外でも中々お目にかかれないほどに整った顔。


ハーフなのだろうか、明らかに日本人のそれとは一線を画した銀髪に紫の瞳。


これほどの美少女……普段ならすれ違っただけでテンションも上がるのだが、探していた女とは明らかに別人だ。



「す、すまねえ……人違いだったみたいだ。悪かったな。」



タクマは落胆しながら、それでも追跡をやめるわけには行かず、ほとんど無駄だとわかっていながら直感を頼りに裏路地を走り出した。





**************




「もう行ったぞ。これでよかったのか?」



一ノ瀬はテーブルの下を覗き込む。


そこにはうずくまったまま震えている女性探索者の姿があった。



「あ、ありがとうございます。ほ、ほんとに死ぬかと思った……。」



一ノ瀬は彼女がテーブルの下から出てきやすいように自分の隣の椅子を引いてスペースを作る。



「あ、すいませっ痛!」



彼女は身をよじって這い出ようとするが、テーブルの裏に頭をぶつけてしまう。



「もう大丈夫だから落ち着いてください……。」



彼女は慎重に、今度は頭をぶつけることなく立ち上がりそのままイシスの隣に座った。



「私は"ウィンド"に所属している不破 風花といいます。とっさのことだったのに助けてくれて本当にありがとうございます!あなたは命の恩人です!」



彼女はそう言うと深々と頭を下げた。



「助けたって言っても俺はほとんど何もしていないですよ。どっちかっていうと不破さんの隣に座っている……」



「そうね!わたしの方が命の恩人と言う言葉にふさわしいわ。」



一ノ瀬が名前を呼ぶ前にイシスが出しゃばる。


自画自賛をするときは必ずといっていいほど、平らな胸を張るのはイヴ譲りなのだろうか。



「もしわたしが機転を効かせてあなたに幻影魔法をかけ、ただの荷物に偽装していなければ今頃あの男に五回は見つかっていたでしょうね!」



「ご、五回も!? それってつまり……」



「そう、わたしは五回分の命の恩人なのよ!」



「流石に五回は盛りすぎだろ……。」



一ノ瀬は目の前で行われるやり取りに思わずツッコミを入れてしまう。


何というか……一ノ瀬はこの短時間で不破 風花という女性がどういう人なのかわかってきた気がした。


おそらく、というか確実に天然の類だ。


急な出来事ということもあって特に理由も聞かずに匿ってしまったがもしかするとーーーーー



「あの、どうしてあの男に追いかけられていたんですか?何か心当たりとかは……?」



追われる女性に気性の荒そうな男、この構図だけで女性側が被害者と決めつけるのは早計だったかもしれない。


もしかすると彼女の悪気のない天然さがあの男に多大な不利益をもたらしていた可能性だってあると、そう考えた一ノ瀬は風花に事情を尋ねた。



「ええっと、話すのはもちろんいいんですけど……、その前にお二人の名前とギルドを聞いてもいいですか……?」



風花は上目づかいで申し訳なさそうに尋ねた。


別に知られて困ることではないので一ノ瀬はイシスの分も含めて自己紹介をした。



「俺の名前は一ノ瀬 宗真、そっちに座っているのがイシス。二人とも"ウォーター"に所属している探索者だ。」



正確にはイシスは探索者ではないのだが、その辺のことをあったばかりの相手に詳しく話す必要はないと一ノ瀬は判断し、自己紹介を簡易的な範囲で終える。


それだけでも風花にとっては十分だったようだ。



「ウォーター……良かった!これで安心してお話ができます!」



そう言うと風花は話しをはじめた。

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『残機無限の現代ダンジョン攻略~不老不死の力の代償として俺を閉じ込めたダンジョンなんてぶっ壊してもいいよね?〜』  ざこすらいむ @zakosura

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