席トラ!?

一ノ瀬 夜月

朝の電車内


 通勤・通学の手段として用いられることの多い、電車。しかし、ラッシュ時の混み具合は凄まじく、席を確保することは、容易ではない。


 この様な状況下で表れる、人間の本質をご覧あれ。


         ***


 「一番ホームから、急行、××行きが発車いたします。」


        

        "プシュ〜"


  

 アナウンスを遮るように、ドアが開く。すると、押し合いながら、人が流れ込んでいく。


 座席の取り合いは、一見、パワーがある男性が有利と思われがちだが、実は、そうともいえない。


 大切な要素は、パワーではなく、観察眼と瞬発力。


 つまり、いかに取りやすい空席を見つけ、その場所へ素早く移動出来るかが試される。


       

         ***

 


......まずは、運動部仕込みの俊敏さを生かし、律季りつきが先陣を切った。



 彼には、小細工など必要ない。ただ、目についた席へ向かう。それだけで、充分なのだから。



 (うっし、席を確保したぞ。今日も朝練があるし、少し寝ておくか〜。)


 

 早速寝息を立て始めた律季を横目に、女子大生の優愛ゆあが、人の波に従い、電車の奥の方へ進んでいた。



 華奢で、おっとりとした雰囲気の彼女が席を確保することは難しいかに見えたが、意外や意外。


 

 偶然空いていた空席に、座ることが出来たようだ。


 

 (あら、座れるなんて、思っても見なかったわ。

 

 でも、困っている人が居たら席を譲れるように、起きていようかしら。)



......お察しの通り、彼女は席に座ることに対して、強い執着を持っていない。


 

 だからこそ、周りに適応し、身を任せた結果、運を味方につけることができたのだろう。



 欲張らず、謙虚な彼女にふさわしい成果だ。



 そんな優愛に対し、心の中で舌打ちをしつつ、むいは、必死に辺りを見渡していた。


 

 彼女はさほど素早くはない。けれど、多種多様なバイトを通じて、高い状況把握能力を身につけている。


 

 つまり、他の人に比べて、広い視野を持っている為、空いている席を探すという点に関しては優れている。



 彼女は人混みをかき分けながら、何とか見つけた一席に、倒れ込むように座った。



 (あぁ〜シフトが多すぎて、もう限っっっ界。目的の駅に着くまで、絶対に立たないからね!)



 むいが座ったことにより、辺り一帯が埋まった事実を察して、堅吾けんごはうなだれる。



 彼は連日の激務で疲弊し、スーツはシワだらけになり、目には濃いクマが出来ていた。


 

 その為、判断力や俊敏性が低下していて、席を確保することが出来なかったのだ。


 

 (ちくしょう、座れなかったか。だが、次に席が空いた時、絶対に座ってやるからな!)


 

 座席に座る面々を軽く睨んだ後、堅吾は、仕方なく吊り革を握った。


         ***


 電車がいくつかの駅を通過した後、一人の妊婦が乗車してきた。


 彼女のお腹は誰の目から見てもわかるほどに膨らんでおり、そのことに、むいがいち早く気がついた。


(あっ、少し離れたところに、うちと同い年位の妊婦が居るね。


 でも、正面ではないし、どうせ誰かが譲るはず。気にせず、うちは寝ていても良い......よね?)



 むいは妊婦の女性との距離や、自身の状態を考慮して、座席を譲ることを止めたようだ。



 一方で、優愛はというと―――



 (大変よ!妊婦さんが、座れずに困っているわ。


 若干距離があるけれど、呼びかけたら、気づいてくれるかしら?)



 「あの〜、髪を結んでいる妊婦の方!私の席をお譲りしますので、こちらまでいらして頂けますか?」



 「えっ!?ありがとうございます。すぐに行きますね。」



 二人の会話を聞いた、周りの乗客が気を遣い、狭いながらも道を作る。


 そして、妊婦が優愛の近くまで来て、優愛が席を離れたところで、何故か、堅吾が座席に座ってしまった。



 (ふぃ〜席を確保したぞ。俺は終点まで乗るんだから、少しは座らないとキツいからな。)



 堅吾の配慮の無さにドン引きしつつ、優愛が冷たいトーンで声を発する。



 「貴方は、何か持病があるのですか?」



 「はっ?いや、持病はないぞ。」



 「健康体であるなら、こちらの妊婦の方に席をお譲りして頂きたいのですが......」



 「えぇ〜っと、この席に、妊婦の名前でも書いてあるわけ?」



 「いえ、名前などは書いていない、普通の席ですわ。」



 「ほれみろ。優先席でもあるまいし、俺に席を譲る義務はないだろ?」


         

        「......」


 (確かに義務はないから、強くは言えないわね。けれど、妊婦さんが困っているのに助けられないなんて、嫌よ!)



 妊婦の女性は困り果てて立ち尽くし、優愛は、悔しさを噛み締める。


 

 そんな気まずい状況の中、律季が、ふと目を覚ました。



 (寝ていても微かに聞こえていたから、状況は分かるぜ。多分、第三者が席を譲れば、丸く収まるはずだな。


 けれど、おれも結構疲れているからな〜。どうしようか......。)



 律季が悩んでいると、妊婦がよろけて、彼に接近してきたのだった。


   

 「あっ、すみません。腰が痛くて、バランスを崩してしまいました。」



 (うぉっ、近くに妊婦さんが来た!体調も良くないようだし、これは流石におれが譲るべきか。


 グッバイ、フカフカな座席。)



 「あの〜、おれが立つんで、ここに座って下さい。」



 「良いんですか?ありがとうございます。」



(優しい方々のお陰で助かったわ。


 もし、あのまま座れなかったら、本当に倒れていたかもしれないからね。)

 

 

 律季の譲歩により、ことは収束を迎えたが、もし貴方がこの場に居合わせた場合、一体、どうするのだろうか?


                  終



追記



 久しぶりに、通常の長さの物語が書けて、満足感に包まれてます。


 さて、今回はかなり現実味のある、道徳の教科書?のような話を書いてみましたが、正直、どのキャラにも同情出来ますね。


 妊婦さんに譲りたい優愛、悩みながら最終的には譲った律季。無視を貫くむい、自身を優先する堅吾......。



 おそらく、一般的に多いのは、むいや律季のような人達だと思います。



 優愛のように、率先して譲ることは難しいですし、堅吾ほど、周りの目を気にしない人も、少ないはずですからね。



 ......とは言え、ラッシュ時ともなれば、周りを気遣う余裕がないので、堅吾のような人がいても、なんら不思議ではありません。



 むしろ、優愛が一番のレアキャラかもしれません。



 皆様がどのキャラに共感したのか、個人的に気になりますね......。



 最後に、当面の更新に関してです。まだ、何話か繋げて書く話の構想が出来上がっていないので、しばらくは一話完結が続くと思います。


 頻度も二週間に一回投稿ができるかどうか、といったところですね。


 正直、あまり新しい環境に馴染めていないので、執筆を進める余裕がありません!


 読者の皆様には、大変ご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ち頂けると幸いです。

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