【完結】偽神暗鬼

夢火

第1話

 その昔、「暗⻤」と呼ばれる⼈形職⼈が居た。彼は、その異才とも呼べる才能で、多くの者を魅了し、また、彼の作る⼈形は⾼値で売買された。それは「⽣きた⼈形」と称されるほど精巧な作りで、肌はまるで⼈間そのものであるかのような艶めかしさを放っていたからだ。


 その噂は⼤陸を渡り歩き、やがて皇帝の⽿にも届くこととなる。是が⾮でも欲しかったのだろう。⾃ら暗⻤のもとへ出向き「私の下で⼈形を作らぬか」と声をかけ続けた。しかし、暗⻤は誘いを断ったのである。


 その後も皇帝は、⼈形を買い付ける⼝実を作っては暗⻤のもとへ訪れ、欲しいものがあれば何でも⽤意すると⾔ったが、暗⻤は断り続けた。決して理由は明かさなかったが、「皇帝も諦める⼈形師」と、その頑なまでのプライドは笑い話となっていた。


 暗⻤は申し訳ないことをしたと思った。


 それから幾年か過ぎた。元々、⾝よりもなく⽣涯を⼈形に捧げるつもりで⽣きてきた暗⻤であったが、村⼈の説得もあって、町娘の⼩夜(さよ)と知り合い、二人は結ばれた。⼦も授かり、⼩夜と暗⻤は幸せな⽇々を過ごしていた。


 ある晩、暗⻤は材料が不⾜していることに気づく。だが、近隣の商⼈が取り扱っていない貴重な材料で、しばらく家を留守にしなければならなかった。⼦は、まだ1歳にも満たない。⼩夜たちを連れ、⻑旅に付き合わせるわけにもいかない。そんな暗⻤の思いに気づいたのだろう。「わたしたちなら⼤丈夫だから。」と⾔う⼩夜の⾔葉に押され、渋々、独り旅へ向かうことにした。


 ひと⽉ほど、過ぎただろうか。すべての材料を取り揃えた暗⻤は急いでいた。我が⾝⼀つを剣のように鍛え、牽制してきた⽇々は、すでに昔のことである。焦りにも似た不安と期待が⼼を⽀配していたのだろう。⾜取りは⼒強く、早かったのである。


 ふと、⽴ち⽌まる。樫の木があったのだ。家族を⽀えるため、ろくに遊び相⼿もしてやれない暗⻤は、⾬武(あまたけ)のことを不憫に思っていた。⼩夜と暗⻤の⼦である。これで⼈形を作れないだろうか。思い⽴った暗⻤は、道のど真ん中で作り始めたのである。


 当時、暗⻤の家は、とても貧しかった。⼈形を作るための⻑い年⽉と⾼額な材料費で、⾷っていけるだけの⾦が⼿に⼊らなかったのである。辺りはすっかり暗くなっていた。


 凄腕の⼈形師が作ったにしては、あまりに不格好で粗末な⼈形が出来上がっていた。しかし、暗⻤には確かな⾃信があった。後に「魂が込められている」と、噂になったほどである。作り終えた⼈形を⼤事に荷物の中へ仕舞い込むと、再び、暗⻤は歩き始めた。


 数か月後。駆け戻ると、すぐに⼾を開けた。


「戻ったぞ」


 待ちわびた家である。しかし、出迎えたのは作りかけの⼣⾷だけであった。悪臭を放ち、腐っていた。⼩夜たちが居ない。暗⻤は、村の者、⼀⼈⼀⼈に⼩夜たちの行方を尋ね歩いた。すると、⼀⼈の若者が「⼩夜たちは皇帝の家⾂に連れて⾏かれた」と⾔ったのだ。暗⻤は、なぜ皇帝がと疑問に思った。


 暗⻤は、皇帝のもとへ向かった。宮廷にたどり着くと、そこに皇帝の姿があった。待ちわびていたのだろう。


「暗⻤殿。あのような妻⼦を持たれて、さぞ、⾟かったことでしょう。暗⻤殿の持つ才能の秘密を⼀⾔も喋りはしませんでした。暗⻤殿のような⽅には、その才能の良き理解者が必要ではありませんか︖」


 皇帝が何を⾔っておられるのか理解できなかった。すると皇帝も気づいたのだろう。家⾂に何やら指⽰すると、布にくるまれた何かが暗⻤の前に投げ出された。変わり果てた⼩夜と⾬武の姿だった。暗⻤は絶叫した。それは⼈間の声ではなかった。抱きしめたが、時間が経ち過ぎたのだろう。小夜たちの体は、抱きしめるほどにボロボロと崩れていった。


「暗⻤殿。後継者はお考えでなかったのですか︖このような下賤な者らでも、それなりの技術は教えておくべきであったと思いますよ。」


 暗⻤は皇帝の胸ぐらを掴もうとした。が、⾏く⼿を阻んだ家⾂の⼿により、暗⻤は⽚⾜を失った。


「その⼿を傷つけるわけにはいきませぬ。貴⽅を私だけのものにしたいのです。」


 その⾔葉を待たず暗⻤は気絶し、地下牢へと運ばれていった。それからの⽇々は、暗⻤にとって地獄であった。⾷べる時間もろくに与えられず、いくつもの⼈形を皇帝に作らされ、地下牢では暗⻤のすすり泣く声だけが響いていたという。次第に暗⻤は、⾃らに課せられた運命を呪い、皇帝への憎悪を募らせていった。


 ⼀⽅、皇帝のほうはというと。


「名⼯暗⻤の作った、この世に2つとない幻の⼈形である。」と、暗⻤が売っていた額よりも、数倍以上の⾼価で⺠に売り付けていた。それによって莫⼤な資⾦を得た皇帝は、それでは飽き⾜らず、⾼価な装飾品や貴重品を貪るように買いあさり、私欲を満たしていった。


 それから3年⽬の冬を迎える頃。既に暗⻤は1000体以上の⼈形を世に送り出していた。通常1体につき、1年以上かけて作り上げる⼈形である。⼀⼼不乱に作業するその眼光は鋭く、何かに取り憑かれているかのようであった。


 ある朝、⾨番が牢へ⾏くとバラバラに弾け⾶んだ⾝体らしきものがあった。赤黒く変色したそれは暗鬼の肉片であると気付くと、宮廷の家臣たちは集まった。その傍らには⻤のような形相をした⼈形が転がっており、不気味な笑い声を上げていた。気味悪がった皇帝と家⾂は、すぐに、その⼈形と暗⻤の遺体を処分した。


 その夜。皇帝は原因不明の⾼熱にうなされた。時折、奇声を発し、意味不明なうわ⾔を並べ、家⾂たちも気味悪がって「暗⻤の呪いではないか」と囁いていた。


 それから治療のかいもなく皇帝は息を引き取った。やがて、皇帝に近しいものたちから順に怪死を遂げ、都では「暗⻤の⼈形を持つ者は呪われる」と噂になった。更なる災いを恐れた⺠は、不遇の死を遂げた暗⻤の霊を鎮めるため、焚き上げを⾏った。


 その炎は、⻘⽩い⼤⽕に包まれ、集められた1000体の⼈形はうめき声を上げながら消えていったと記録にある。その後、灰となった⼈形と暗⻤を祭る神社が建てられ、以後、暗⻤の呪いは噂と共に⼈々の記憶からも消えて⾏ったのである。


ただ⼀つ。樫の木で作られた⼈形を除いては。

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