episode.3 当主の呼び出し

ウィスタリアとライラックは森を抜け、ターンパイク王国で2番目に大きな街に着いた。




「ライラック、設定は大丈夫よね?」




「うん。僕とお姉ちゃんは商人の子どもで、王都に向かっている途中に魔物に襲われ、大人たちが僕たちを逃がすために魔物と戦った。魔物に遭わずに運良く森の中を戻ってこれた、だよね」




2人は門の前で森からの道中で話し合ったことを確認する。




「大丈夫そうね。街の門番に聞かれたら上手く誤魔化すよ」




「わかった」




この門を通る人はかなりいるが、ほとんどの人が止められておらず、止められているのは中に入ってくる荷馬車ばかりであった。


そのため、2人が門を通っても門番は止めてこない。




「杞憂だったみたいだね」




「そうね。ニュートラル侯爵の領地は治安がいい、とは聞いていたけれど想像以上だったわ。....それだけに残念ね」




街の綺麗さや活気を見て感嘆すると同時に建物を舐め回すように目を動かす。




「ここで1泊しようか悩んでいるのだけど、ライラックはどう思う?」




「ここでしないといけないことがあるなら泊まった方が良いと思う」




「ここでしないといけないことは別にないの。ただ、今日この街を出るとしたら次の街に着くのが真夜中で街に入るための手続きがめんどくさくなるのよ」




「そうなんだ。それで明日の朝に出れば夕方から暗くなり始めたころに着けるってことね。僕はどっちでもいいけど、お姉ちゃんはこの街に1つ用事があるみたいだし、それを先に済ませようよ」




「ライラック、本当にすごいわね。探偵にでもなったら大活躍できるんじゃないかしら。じゃあ、とりあえずその用事を手伝ってもらおうかな」




「うんっ!お姉ちゃんが探してる建物はこっちだよ」




ライラックがウィスタリアの手を引いて、大通りを進んでいく。


数分歩き、たくさんの市場が立ち並ぶ市場通りと大通りが交差する十字路が見えてきたところで左角の建物を指差す。




「あれが僕を王都に運んでいた商会の建物だよ」




「あれがねえ。たしかに馬車の紋章と一致してる。名前は...スカム商会、ね。ありがとう、ライラック。市場通りに来たし、食料と水を確保していきましょうか」




ウィスタリアは商会の名前を確認すると、それにはもう用はないようで市場の方に足を運んだ。




「ところで、商会を確認してどうするつもりなんですか?」




ライラックがウィスタリアに尋ねる。


どうやら名前を確認しかしなかったことが腑に落ちないらしい。




「陛下に渡すよう手紙に書いて、ニュートラル侯爵家の敷地内に手紙を投げ入れる。近々、貴族たちは私の件で王城に緊急招集がかけられると思うからその時に渡してもらうの」




「でもやらかして逃げてる人の手紙を国王陛下に渡すかな」




「普通の貴族は渡さないでしょうね。繋がっているとか、匿っているとか思われたくないでしょうし。でも、ニュートラル侯爵なら渡してくれるわ。あの人はすべてを公平に分け隔てなく物事を扱うから。同じ人なだけで案件は違う、と考えてくださるはずよ」




「そういうことなら納得です。僕はてっきり1人で武力制圧するのかと思ってた」




「流石にそんなことしないわよ。怪我とかしたくないもの。怪我を治せる魔法とかあればいいのに」




「お姉ちゃんが作ってる魔道具とやらではできないの?」




「流石にできないかな。魔道具っていうのは原理がわかってないと作れないの」




「そうなんだ。じゃあ、原理がわかりさえすれば作れるってこと?」




ウィスタリアが野菜を買いながら答える。




「んー、原理がわかっているからといって必ず作れるというわけではないの。素材の問題もあるし、加工技術や魔力回路の構築に無理があることだってある。魔道具があれば誰でも生活を便利にできる。これからもっとたくさんの魔道具を開発して、普及させる。それが私の生きる意味なの」




「なら僕はそれを手伝うよ」




「ライラックは観察力が優れてるから原理の解明が捗りそうね」




ウィスタリアがライラックを見て微笑む。




「僕にできることがあればなんでもするよ」




ライラックは嬉しそうな声色で言う。


その後も2人は野菜や肉、魚などの食材を買い、最後に封筒を買って最寄りの宿に部屋を取る。ウィスタリアは部屋に置かれている紙とペンでニュートラル侯爵に向けて手紙を書く。書き終えると、今しがた買ってきた封筒に入れ、自分の名前を書く。




「私はニュートラル侯爵のお屋敷に手紙を落としてくるけどライラックはどうする?」




「僕は...この部屋にいるよ。もしかしたら...村の人がいるかもしれないから」




「そう。ならなるべく早く帰ってくるわね」




「うんっ!行ってらっしゃい!!」




ウィスタリアは部屋を出て、ニュートラル侯爵の家に向かう。




「ここから結構遠いのね。早く帰ると言っちゃったし、走りますか。適度な運動は健康にもいいし」




坂の上に建っている大きな屋敷を見て、ウィスタリアは走り出す。


30分ほど走り続けて、坂の始まりまでやって来た。目の前には勾配のキツイ坂が伸びている。




「これ、はぁ...地獄ね」




30分走り続けて坂まで走る気力はないようでトボトボと歩き始めた。


坂を上ることさらに20分。ようやく屋敷の玄関が目視可能な範囲までやってきた。




「見つかるのは避けたいからここから風魔法で玄関前に落としましょうか」




ウィスタリアはさっき書いた手紙を入れた封筒を風魔法で浮かせ、少しずつ屋敷に近づけていく。


数分かけて玄関前に封筒を置くと、今度は一定の魔力を込めると魔力が弾として射出される魔道具──ピストルをマジックバッグから取り出し、持ち手についているダイヤルを3の数字のところまで回す。それを手紙と同じ要領で玄関前に運ぶ。




「これで用事は済んだわね.....それにしてもあの宿からここまで遠すぎないかしら」




ウィスタリアはその2つを置くと、ため息を吐き、屋敷に背を向け、ライラックの待つ宿に2時間かけて帰る。




「ただいま、ライラック」




「おかえり!お姉ちゃん」




空が赤くなり始めたころにウィスタリアがヘトヘトになって宿に戻ってくると、ライラックが笑顔で迎えてくれた。




「ずっとこの部屋にいたの?」




「うん」




「じゃあ、お昼ごはんは食べてないんじゃない?」




「食べてないよ。お昼ごはん食べなかったくらいじゃどうにもならないし」




「それはそうだけど...お腹空かないの?」




「平気。村では日常だったから」




「...そう。なら私は汗かいたからお風呂に入ってくるね」




「わかった」




ウィスタリアは部屋についているお風呂に入り、20分ほどで出てくるとライラックにも勧める。


ライラックはそれに従い、お風呂に入る。ライラックがお風呂から出てくると、この宿の夕食提供時間になったため、2人で食堂に向かう。


部屋の隅の席に座り、他愛のない話をしながら出されたクリームシチューを口に運ぶ。


2人とも食べ終えると部屋に戻り、明日は朝が早いためすぐベッドに横になった。




「お姉ちゃん...寝るまで聞きたいことがあるんだけど、いい?」




まだ寝るには早い時間のため寝付けないらしく、ライラックはウィスタリアに話しかける。




「どうしたの?」




「僕たちはどこを目指してるの?」




ライラックの問いかけにウィスタリアは少し手を顎に当て、息を吐くと話し始める。




「隠したところでなんにもならないから正直に話すわね。目的地は...世界最古の国──アウトバーン王帝国よ。約250年前までこの世界には1つの国、アウトバーン王帝国しか存在してなかったの。そこから次々に独立していって、今の国々が誕生したと言われているわ。その結果、アウトバーン王帝国は北東の僻地に位置する小国となった。ここが南西の国だからここから最も遠い国ね」




「そこには魔道具に関する何かがあるの?」




「そうね。アウトバーン王帝国は優れた加工技術を持っていると聞くし、西には山脈、北や東には海があって資源も豊富なの。それから、これは噂でしかないのだけれど、戦争のときに魔道具のようなものを使っているらしいの。小国となったアウトバーン王帝国が滅んでいないのはそれのおかげだ、という声があるほどよ」




「魔道具のようなもの?.....これだけじゃ確定はできないけどかなり信憑性がある、と思う」




「理由は?」




ライラックが少し考えてからした解答に対してウィスタリアは間髪入れずに理由を問う。




「その噂が立つということは仕掛けられた戦争は1度ではない。小国は何度も戦争を仕掛けられたら戦死者がどんどん重なっていくから人が足りなくなる。それでも追い返せていることからおそらく戦死者はあまり出ていない。そこで、個々の能力が抜きん出て高いか安全圏から何らかの方法で撃退しているという2つの可能性が出てくる。でも、個々の能力が高くても数には勝てない。安全圏からの攻撃は魔法という可能性もあるけど魔力消費の面で考えると現実的じゃない。だから遠くから攻撃できて魔法使いだろうと兵士だろうと平民だろうと、誰でも使える兵器が存在している可能性が考えられる」




「私の話だけでそこまで分かるなんて....あなたが貴族の養子にでもなればその家は安泰でしょうね。私もライラックと同じ考えよ。だから私はそこを目指しているの。私の魔道具研究に新たな視点をくれるかもしれない」




「.....でも受け入れてくれるかどうかはわからない」




「ええ。私の魔道具をアウトバーン王帝国で評価してもらえればいいのだけど....そうだ。ライラックにも魔道具に関する知識を詰め込んでもらえばいざという時の助けになるわ」




「わかった!お姉ちゃんの助けになれるなら勉強するよ」




ライラックがパッと笑顔になって、頷く。あまりの食いつき方に少々驚いたウィスタリアだったが、嬉しそうに笑みを浮かべる。




「それじゃあ、明日から少しづつ研究資料を読んでもらうわね」




2人はその後、しばらく魔道具の話をして寝落ちした。








翌朝。太陽が昇ってまだ1時間も経ってない時間にウィスタリアとライラックの2人はチェックアウトを済まし、宿を出た。




「それじゃあ次の街に行こうか。それとも...村への恨みを晴らしたい?」




「....いい。村に恨みはあるけどもうどうでもいい」




「わかった。じゃあ、出発しようか」




2人は入ってきた西門とは逆の東門から出る。門を出ると、そこはだだっ広い草原で、変わり映えのない景色が地平線の先まで続いている。




しばらく歩き、誰の目のつかないところまで行くと、マジックバッグからエアボートを取り出し、座席に座る。




「ライラックは前と後ろ、どっちがいい?」




「.....前の方が安全そうだから前に乗る」




「わかったわ。じゃあ、おいで」




ウィスタリアが膝の上をポンポン叩く。




「.....膝の上はちょっと恥ずかしいんだけど」




「本来これは1人乗りなんだから仕方ないでしょ?早く早く〜」




ウィスタリアが太ももを叩いてさらに催促する。




「.....わかった」




ライラックは渋々ウィスタリアの膝に座る。




「それじゃあ、ちゃんと捕まっててね」




そう言うとウィスタリアがエアボートに魔力を流し、前に進んだ。








◇◇◇◇◇




ウィスタリアが手紙とピストルをニュートラル侯爵の屋敷から宿に戻っている途中、それらを拾った使用人がニュートラル侯爵家当主カポック・ニュートラルに渡していた。




「旦那様、屋敷の玄関前にこのようなものが置かれておりました」




「なんだこれは...手紙と、本当になんだ?」




使用人に渡された2つのものを見て、カポックは首をかしげた。




「さあ、私にはわかりかねます」




使用人の男も同じように首をかしげる。




「まあ、よい。下がっていいぞ」




「失礼いたします」




カポックは受け取ったものを書斎に持って入り、封筒の裏を確認する。




「差出人は...ウィスタリア・クローズ?!あの天才令嬢からか。だが、なぜだ?」




困惑しながらも封筒を開け、内容を読む。






──拝啓  カポック・ニュートラル侯爵閣下




まず始めに、このような形でお伝えすることをお許しください。


単刀直入に申し上げますと近々、陛下に呼ばれると思います。その際に同じ封筒に入っていたもう1枚の手紙をお渡しいただきたいのです。


もちろん侯爵様もご覧になって大丈夫です。


この件につきましては2枚目のお手紙にて詳しく書かせていただきます。


そして、一緒に置いていた魔道具についての説明をさせていただきます。王都とこの街の間にある森にダークウルフが出没したようですので、護身用としてお持ちください。


使い方は魔力を込めるだけです。一定の魔力量を込めると魔力が弾となり、自動的に射出されます。魔力を込め始めたら標的にのみ向けてください。人に向けるなどくれぐれもしないでください。ダークウルフに当てれば倒せないにしても退けることくらいは可能だと思いますので、ぜひご活用くださいませ。




                     敬具  ウィスタリア・クローズ──




「どういうことだ?陛下から呼び出しなど来てないが.....」




カポックが1枚目の手紙を読み終えた時、書斎の扉が叩かれた。




「旦那様。王城から早馬で伝令が届きました」




「なに!?わかった。入れ」




「失礼いたします」




さきほど、カポックに手紙とピストルを渡した使用人が入ってきて、伝書を渡し、部屋から出ていく。




「貴族の当主は至急参城するように、か。これがクローズ公爵令嬢の言っていた呼び出しか。それでなぜ彼女は呼び出しがあることを知っていて、なぜ王都ではなくこの街にいるのだ......わからん。とりあえず2枚目の手紙を読むか」




カポックは2枚目の手紙を読み進めるにつれて顔が険しくなっていき、読み終えると、手紙を持った方の腕を目の上に置きながら大きなため息をつく。


腕を下ろし、もう一度手紙に目を通す。今度は両肘を机につき、手を組んでそこに額を乗せ、項垂れる。




「スカム商会....悪い噂が後を絶たない商会だったから調査はしていたが、証拠が全く出てこず苦労していた。まさか人身売買にまで手を出していたとは....今までよくもまあ、隠し通せたものだな。これは陛下に報告するのも納得だ」




カポックは手紙を封筒に戻し、懐に入れる。書斎から出て使用人と騎士に声をかけ、すぐに王都に向かうことを伝える。


使用人たちはすぐに馬車や荷物の準備を済ませ、30分ほどで屋敷を発った。








街を出て、森に入る頃には日は傾いており、暗くなり始めていた。




「今日はここで野営する。夜の森は危険だ。それにダークウルフが出たという情報がある。それが本当なら夜はなおさら危ない」




「ダークウルフですか!?...承知しました。では野営の準備をいたします」




「ああ」




カポックはウィスタリアの情報を信じ、森に入る前で野営し、夜を越す。




翌日、南中から2時間ほど経ったころ、あと少しで森を抜けられるところまで来ていたのだが、カポックの乗る馬車は黒く大きな魔物によって進行を妨げられていた。




「まさか、本当に出るとはな....全員下がれ!!」




カポックが胸ポケットに入れていたピストルを持ち、魔力を込めると同時に臨戦態勢を取っていた騎士たちに下がるよう指示する。




「ですが旦那様!このままでは!!」




「お前たちは強い。それは俺が胸を張って断言できる。だが、ダークウルフには及ぶまい。ここで全滅するかワンチャンスに賭けるか。本来なら我々は全滅する運命しかなかった。だが、運のいいことにもう1つの道が提示されたのだ。賭ける以外の道はないだろう」




馬車から降り、馬の前に立ったカポックはダークウルフに銃口を向ける。




「その役目を旦那様がする必要はないでしょう!」




「部下すらもまともに守れない者が、民を守れるわけがなかろう!!」




銃を構えたまま動かないカポックにダークウルフが襲いかかる。大口を開け、今にも捕食しそうになったときピストルから魔力弾が射出され、ダークウルフの口内に入っていく。そして、射出された魔力の塊はダークウルフの喉奥に風穴を開けた。




「.....なにが倒せない、だ。瞬殺ではないか」




ピストルには本来3段階の威力が存在するのだが、それを知らないカポックは魔力を最大まで込めたためピストルの出しうる最高威力を発揮させることができた。




「旦那様....ご無事でよかったです」




「ああ、九死に一生を得たな。そんなことより、この死体を放置することはできん。王都に持って行く。馬車に乗せるのを手伝ってくれ」




「かしこまりました」




カポックはダークウルフの死骸を馬車の上に乗せ、再出発する。


暗くなる前に王都に着きはしなかったものの何事もなく、王都の屋敷に到着することができた。








◇◇◇◇◇




3日後、全貴族の当主たちが謁見の間に集められた。


ここには貴族の当主だけでなく、騎士団や魔法師団の重要ポストに就いている者もいる。




「この度は急な召集にも関わらず、迅速な行動に感謝する。早速本題に入るが、ここに皆を集めたのは他でもない、ターンパイク王立最高高等学院で催された卒業パーティーでのことである。知っている者もいるかもしれないが、あの日そこで爆発が起き、2名が命を落とした」




『なっ!?』




その場にいた貴族の当主たちは一斉に息を呑んだ。ただ1人、この数日でひどくやつれたシラー・クローズ公爵は悲しげな表情でうつむいている。




「命を落とした者の名は、アイボリー・スケミン伯爵令嬢。そして、アザミ・リン・アウトバーン...我が息子だ」




『っ.....』




王子が死亡したことを聞いた貴族の当主たちは驚きのあまり言葉が出ない。




「それと同時に行方が分からなくなっている令嬢が1人いる。この国に魔道具をもたらし、国民の生活を豊かにした天才令嬢...ウィスタリア・クローズ公爵令嬢だ」




ここで全員の目がウィスタリアの父であるシラーに向けられる。当のシラーは死んだ魚のような目で下を見続けており、視線を向けられて萎縮している。




「まあ、落ち着け。ここで爆発までの経緯を共有しようと思う。アルファインディ」




ルドベキアが隣に控えていた騎士団長の名前を呼ぶ。




「はっ!ここからは実際にその場にいたご子息、ご令嬢から聴取したことを話させていただきます」




アルファインディは爆発が起きたその場で貴族たちの子息から聞いた話をまとめ、説明を始めた。




一つ、アザミがアイボリーの隣に立ち、ウィスタリアに突然怒鳴ったこと


二つ、ウィスタリアがアイボリーに対して魔道具を使って嫌がらせをしているとして問い詰めたこと


三つ、それを理由にアザミがウィスタリアとの婚約破棄を宣言したこと


四つ、ショックを受けたウィスタリアにアザミが声をかけると、突然笑顔を浮かべ、小さな箱を渡したこと


五つ、ウィスタリアが宴会場を後にするために扉に向かって歩き始めたため、アザミがウィスタリアを捕まえようとして、箱を落としたときに爆発が起きたこと。足が千切れたアザミを見たアイボリーが箱を落としたときに2度目の爆発が起きたこと


六つ、その2人以外で怪我をした者はいないこと


───そして




「最後に、ウィスタリア嬢がアイボリー嬢に対して嫌がらせしていたというのは嘘で、実際はアイボリー嬢とそのご友人による自作自演であったという証言が複数名から取れています」




この言葉を最後にアルファインディは広げていた報告書を閉じ、元の位置に戻った。




「つまり、我が息子がアイボリー嬢に騙され、ウィスタリア嬢に失礼な行いをした結果、謎の爆発が起きたようだ」




「そんな...アイボリーが......」




娘が死んだという事実と、ウィスタリアを貶めるような行為をして殿下に取り入ったという事実を受け止めきれていないようだ。




「おそらく王妃の座を奪いたかったのだろう。ウィスタリア嬢は剣も魔法も頭脳も優秀だ。羨望の視線だけを向けられるわけではなかろう。嫉妬や劣等感を抱えている子どもたちも多くいたはずじゃ。なにか1つでも勝ちたいと思うのも自然なことであろう」




ルドベキアがそこまで話して止まったため、数秒の沈黙が流れる。


そして、口を震わせながら「しかし」と言って、話を続ける。




「状況的に爆発を起こしたのはウィスタリア嬢であろう。あの子なら条件的に爆発する物を知っていても不思議はない。そして、誰であっても人を殺すことは大罪だ。それが王族や貴族ともなれば即刻処刑、場合によっては一族諸共処刑されることだってある。そこでここに集まってもらった理由だが、魔道具という前例のない功績を持ったウィスタリア・クローズ及びその家族に対する処分を考えようと思うのだ」




国王ルドベキアから放たれた言葉はこの場にいる者たちを混乱から解放し、正常な思考に引き戻すほどに心苦しそうな声色で紡がれ、心の底で何かを葛藤しているような険しい表情をしていた。

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