三日月がくれたあの瞬間は 今も二人の胸に

@tsuji-dou

三日月がくれたあの瞬間は 今も二人の胸に



山口県萩市。


旧長州藩の城下町であるここは、山陰地方有数の観光名所である。市街地には旧武家屋敷やなまこ壁、そこから北には菊ヶ浜という東西に伸びた綺麗な砂浜がある。菊ヶ浜の西側には萩城があった指月山、東には標高112mの火山、笠山が見える。


私はこの街(市より街の方が、申し訳ないけどしっくりくる)で育った。

私には両親がいない。死別、別離で祖父母のお寺で育ててもらった。


お寺には後継者がいないため、私が婿養子をとることで存続することが決まっている。小さな時から言い聞かせられていたし、私の立場からしたら文句を言える立場じゃないことは、よくわかっている。


短大の2年間だけ他県で過ごせたのは、祖父のおかげと言って良い。祖母は私にさっさと身を固めてほしかったようだが、祖父が説得してくれたのだ。


短大のそばにはスイミングスクールがあり、私はそこでバイトを始めた。そこにいたのが哲だ。哲は近くの4年生大学で一つ上。色々話しているうちに一緒に食事に行ったり、私のアパートで話したりしているうちに、付き合うようになった。


一緒にいるのは楽しかった。けど、ずっと許嫁がいることは、言えなかった。というのも、許嫁の顔や名前すら知らなくて実感がなかったし、何より哲と一緒にいる時間を大切にしたかったから。

でもそれも、実家からの一本の電話で現実のものとして現れた。



『帰ってきなさい。2年間自由をあげたから、もう十分でしょ?』



私は短大を卒業する1ヶ月前に、哲に全てを話した。

哲は黙って私の話しを聞いていた。

そして


「わかった。ごめんなさいは、言うな」


 俺も 何もできないから 言うな。


そう言いながら、抱きしめられた。


私達の時間は、そこで終わりになった。









短大を卒業して初めての夏。

私はお寺が経営する保育園でお手伝いをする毎日を過ごしていた。


「実可さーん、お電話よー」


「はーい」


『もしもし、お電話変わりました』


『元気にしてる?』


『哲!? なんでここの電話番号知ってるの?』


『前もらった手紙の住所から調べた』


『マジかー』


『そんでさー。今からそこ行くから』


『へ?』


『今萩におるんだわ』


『うそ~!?』


聞けば、海沿いの「千春楽」というホテルに家族が来ていて、わざわざ山陰本線に乗って合流しにきたらしい。そーいや、家族で来た事あるって前話してたっけ。というか、その話しがきっかけだったよね。


約20分後。


「・・・ホントに来た」


「だろー? 俺もソコソコ萩は知ってるつもりだけど、地元民ならではのとこ、教えてよ」


「もー・・・わかった。クルマで行くからちょっと待ってて」


「免許とったのかよ」


「そ。ほら乗って」


ていうか、言うほど色んなとこがあるわけじゃないので、話しながら一通り観光名所をあたっていく。アーケードは17時に閉まるのか?と、ちょっとシツレイな驚きかたしてたけど、なんか手に入り辛い新作ソフトがあった!とか言って、喜び勇んで買ってた。こんな子どもみたいなところは、相変わらずだ。


夕暮れ時、明神池から菊ヶ浜の東側にある防波堤に行った。ここからの夕日は指月山がバックになりとても綺麗に見えるからだ。


昼間と違い、人が少なくなって海面が見え、夕日が海の上に一本の道を作ってるように見える。そー言えば、短大の時も近くの神社に、「光の道」ができる事で有名な、でっかいしめ縄の神社があったなあ。宮地嶽神社・・・だったっけ?


「なあ実可」


「なに?」


「夕食後、またここに来ないか? 今はちょうど流星群の時期だし、今日は三日月だから星空綺麗だと思うぞ?」


「へー、相変わらず詳しいね。いいよ。じゃあ20:00位にホテルに迎えに行くね」



見慣れているはずの街の景色が、いつもと違って見える。一緒にいる人で、こんなに違うのか、と思う。

同時に、哲はどう感じてるのかが気になった。


夕食後、哲は「長州力」が隣の部屋だった!と興奮しながらクルマに乗って来た。オトコって、なんでこう筋肉マッチョが好きなんだろう??


さっきの防波堤につく。クルマから降りて、防波堤を背もたれにして二人並んで夜空を見上げる。


「ほら、あれがアルタイルで彦星、ベガで織姫、真ん中のがデネブではくちょう座。全部つなぐと、夏の大三角形」


「流れ星は?」


「ペルセウス座流星群だから、あのWのカシオペアの近くを見てたほうがいい。」


「ふーん」


少しだけ、甘えたくなって、哲がよりかかってる体制のところに背中を預けてみる。


「おい?」


「いいでしょ?これくらい」


「・・・」


哲の手が私の肩にかけられ、そのうち後ろから抱きしめるような形になった。


「ねえ。どうして会いに来たの」


「・・・顔が見たかったから」


「・・・そう」


私は、なにを期待しているのだろう?


わずかに夜空に浮かんでいた、群青色の雲が月を隠した。

ほんのすこしだけ あたりのいろが かわっていく



私は肩越しに哲に振り向き まぶたを閉じた。

哲は肩越しに振り向いた私に顔を近づけ、唇を重ねた。

唇を離し、私は体の向きを変え、哲のあごにひたいをつけた。



涙が一すじ、頬を伝う。



哲はその涙のあとに、羽根でさわるようにkissをした。



私は顔を哲の胸にうずめ、小さな声で言った。


「・・・ずるいよ」


「・・・ゴメン」


顔をあげ、もう一度だけ、唇を重ねる。


唇を離した時、雲から月が再び顔をのぞかせた。


月の光はやわらかく、この上なく優しくあたりを照らし、指月山のシルエットを゙浮かび上がらせ、わずかに揺れる水面が光を散りばめていた。




「連れ出して」とは言えなかった。


「連れて行く」とは言えなかった。





私はその後、お見合いをし、結婚をした。

やさしく、誠実で申し分ない人。

ちゃんとした家庭を一生懸命一緒に作ってくれる人。

私は幸せだと思ってる。



それでも、月夜の晩に、海沿いを車で通る時に、ふと思い出す。


あの時。

お月さまは見てないふりをしてくれたのかな、と


あの瞬間は、私と哲だけが知っている時間。

他の人には、触れられない時間。


三日月のやわらかい光に包まれ、

二人の胸の中でのみ

あの瞬間は、生き続けている。


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