妄想機械零零號の激オモロ雑文集!!――いまのところ、私は、我流ではあるが、肉を斬らせて皮を斬り、骨を斬らせて肉を斬り、髄を斬らせて骨を斬るつもりである――
「術語集」の世界――岩波新書の『気になることば』から高原英理『ゴシックハート』まで――
「術語集」の世界――岩波新書の『気になることば』から高原英理『ゴシックハート』まで――
術語集というやつは面白い。
一番有名な術語集はもちろん岩波新書の中村雄二郎『術語集 気になることば』(岩波書店、一九八四年)であろう。
この術語集の嚆矢と言ってよい書物は八十四年の出版にしていまだなお新品で入手できる。まさに名著という感じである。
ちなみに表紙は黄色だ。
岩波新書の表紙の色は出版年によって分かれているからマニアなら中々興奮するポイントなのではないか。
私はマニアではないからよく知らないけれど、今出回っている岩波新書の新刊本の表紙は多分「赤色」ではなかったかと思う。
術語集、〈術語〉とは何か?
「基本用語あるいはキー・ワードを、ここではあえて〈術語〉という名で捉え、本の全体を〈術語集〉と名づけようと思う。
〈術語〉というのは、ふつうは単に学術語(傍点は原文。以下の傍点も同様)を表わすものと考えられている。それを好んで使うのはなぜか。
それは、このことばが基本用語よりはもちろんのこと、キー・ワードよりもことばのもつ役割、その果たす機能をよく示しているからである。
すなわち、術語とは、英語でいえばテクニカル・タームであり、テクニックの語源のテクネーには、
「物事を見えやすくする働きは、なにも術語や専門用語にかぎらず、日常のことばにもあるのではなかろうか」(同文より)
中村雄二郎は「学術語」という意味を持つ一般的な言葉、「術語」の用法をぐっと広げる。
もちろん「基本用語集」でも「キー・ワード集」でも構わないけれど「術語」すなわち「テクニカル・ターム」には「業」や「仕掛け」といった響きがある。
中村雄二郎が注目する、言葉の持つ「業」や「仕掛け」機能とは「物事を見えやすくする働き」である。
そしてこうした「仕掛け」は「学術語」に限らず「日常のことば」にも見出される。
そうした問題意識――いわゆる「パラダイム転換」が叫ばれた八十年代にあえて我々が深く考えずに使っている言葉達の「仕掛け」機能を見直そうという問題意識――のもとで中村雄二郎は「学術語」と「日常のことば」がチャンポンになった奇妙な『術語集』を作り上げたのだ。
筆者(もちろん中村雄二郎先生ではなくて、この雑文の筆者のことですヨ)はこの「学術語」と「日常のことば」をあえてチャンポンにして語る「術語集」という試みは八十年代以来脈々と受け継がれていると考える。
というのも書店や図書館でブラついているとこうした「術語集」的な書物にちょくちょくでくわすのである。
そういうわけで、せっかくだから「術語集」的な書物をあえて一纏めにして並べてみようというのが今日の雑文だ。
もちろん中村雄二郎の『術語集』についての話から始める。
この術語集は四十語取り上げられている。
やはり今日的に気になるのはその古さと難解さである。
難解といっても前掲の引用文のような調子だから「大学入試現代文の評論」くらいのおカタさだろうか。
この本では一語につき五ページで語り尽くすという制約があるようだから、難しい内容を無理に他の術語と同ページで表現しようとする際には文が佶屈する。
そうした難解さはページ数を柔軟にするだけで解消できてしまうのだから、やはり「ムダに難解」という印象は免れない。
雰囲気を伝えるためにも筆者が個人的に好きな部分を引用し、次の本にいくことにしよう。
「近代以前のヨーロッパ社会では、人々に〈子供〉という時期がなく、人間ははじめから〈小さい大人〉とされた。それも、ひとりで自分の用を足すに至らないもっとも弱い、短い時期だけに限られ、自分でなんとか用が足せるようになると、〈若い大人〉として大人たちと一緒にされ、仕事も遊びも大人たちと共にするようになる」(同書「子供――深層的人間/小さい大人/異文化」)
ちなみに中村雄二郎にはこの本の続編にあたる「術語集 II」という著書があるようだが、私は無印の『術語集』でホントにチョー疲れたからまだ読まない。
二◯◯七年にちくま学芸文庫化された中山元の『思考の用語辞典 生きた哲学のために』(筑摩書房。ちなみに単行本版は同出版社から二◯◯◯年に出た)は中村雄二郎の仕事をアップデートする。
あくまで「思考の用語辞典」であり「術語集」ではないが、
「ふるい概念たちのために、あたらしい舞台をつくりだしてやること」を目指して「哲学を考えるときに基本となるような問題群」としての「哲学の概念たち」、「哲学素」(カントの用語らしい)を再検討する。
この目標自体は前述の中村雄二郎『術語集』の問題意識に近いように思われる。
さらに重要な要素として、やはり日常の言葉と学術語をあえてチャンポンにして語るという共通点がある。
私がこの本を中村雄二郎『術語集』を更新する仕事とするのは単純に発表年代が二十年ほど新しいというだけではない。
ざっと考えても三点は『術語集』より優れた点がある。
第一に用語ごとのページ数にある程度バラツキ(といっても2ページか4ページくらいしか差がないけれど)を持たせていること。
一語に対する「尺」の感覚がユルいことである。
そのせいで本が分厚くなってしまったがまあ良しといったところだろう。
第二に文章が理解しやすいこと。
例のごとく私が好きな部分を引用すればすぐに分かる筈だ。
「ぼくのルーツはなんだろう? ぼくはどこからきたんだろう?
そう思ったらふつう、系譜をみるよね。
系譜学、ジュネアロジーはアノス(生まれ)の学(ロゴス)。
ご先祖さまにさかのぼる系譜探しの学問だ。
〈中略〉
思想の身元をみることで過去のいきさつを知る。ついでにそのいきさつのあやしさと、系譜のうちにひそむもの、それに頼る心まで一緒にあきらかにしようとするんだね」(同書「系譜学」)
とマアこんな調子である。
大学入試評論文的なおカタさの『術語集』と比べて遥かに読みやすい。
第三に語数が多いこと。
中村雄二郎の『術語集』は四十語、『II』を併せても八十単語しかないのに対し『思考の用語辞典』は百である。
単語の選択も二◯二四年現在の私から見れば『術語集』よりバランスが良い。
ただ『術語集』では「スケープゴート」の項目で深堀されていた「ヴァルネラビリティ」が『思考の用語辞典』ではほとんど触れられておらずこの点だけは残念。
さて、この辺からは趣向を変えて前掲二著よりもっと広いジャンルの「術語集」を紹介しよう。
石原千秋、木股知史、小森陽一、島村輝、高橋 修、高橋世織『読むための理論 文学・思想・批評』(世織書房、一九九一年)は批評理論の術語集といって良い。
ちょっぴり古いけれど(今っぽい本なら黄色いピーター・バリーの教科書が良いネ)捻くれた雰囲気と「単語を見出しにして四ページ~六ページみっちり語り尽くす」構成が素敵だ。
個人的な萌えポイントは「頭注」である。
本文の上にゴチャゴチャとちっちゃい文字で註釈が書かれている。
わざわざページをめくらなくても良い便利さと、二つのテクスト(「本文」と「註釈」)が並走する楽しさが魅力である。
残念ながらこの本は絶版で古書でしか入手できない。
私は図書館で借りて読んだ。
もう返してしまったから引用もできない。
この本は割と真面目だから各県立図書館や大学図書館などに高い確率で入っていると思われる。
個人的にはちくま学芸文庫化されて長いこと読まれ続けている前田愛『文学テクスト入門』よりも「日本文学を通してテクスト批評に入門する本」としては優れていると思う。
復刊あるいは(さっき述べた「頭注」のせいで難しそうだけれど)文庫化に期待である。
最後にもう一つ変わり種として二◯二二年にちくま文庫化された高原英理『ゴシックハート』(筑摩書房。実は文庫化は二回目で絶版の立東舎文庫バージョンもある。単行本版は講談社)を挙げておこう。
今までの本と比べて一つの項目が長いけれど、
「ゴシックの精神、
といった具合に章立てが細かくて「術語集」的に使えるように思う。
「残酷」、「身体」、「猟奇」なんてまさに日常的な単語一つだけがピックアップされた章の名前だ。
それにしても「じんがい」と読んでしまいそうな「人外」をあえて「にんがい」と読ませ、深くその精神性を追求しているあたりは他の「術語集」たちと比べても引けを取らぬ面白さである。
私は「身体」の項目で〈たくさんピアスを開けること〉や〈たくさんタトゥーを入れること〉を自分の肉体への改造、一種のポストヒューマニズムとして捉えている部分にも興奮した。
私もそういうことをボンヤリ考えていたものだから、「おお、とっくの昔に同じことを考えていた人がいたんだなあ」(『ゴシックハート』の初版は二◯◯四年)と感心したものである。
この本はエッセイ集ではなくて批評集だからかなり深みがある。
ゴス・ロックだとかゴスロリファッションだとかにはほとんど触れられていないけれど、ぶっちゃけこの本に書かれた「ゴシック」精神の延長線上で捉えて批評できてしまうんじゃないかナ(いやいや、私はゴシック批評をやりませんから知りませんヨ)。
高原英理には『ゴシックスピリット』なる姉妹編の著書もあるのだが、こっちは絶版でまだ読んでいない。
私の住んでいる場所だと県立図書館には無いものの県内にある市立図書館で一番大きい所には入っているようだから何かのついでに借りてみようかナ。
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